第三話

「――それから、オセアニアの行う過度な自由市場経済によって格差は広がり、貧困層と富裕層に別れ……」

 サンナは軍学校のような施設で講義を受けていた。



 それは、遡ること数日前。


「ニチリンは既にオセアニアの属領で、彼らの統治した国家は全てを搾取されて吸い付くされる」


 アルベルトもドゥームズデイもそう言ったため、真偽を確かめたくなったのだ。

 そのためにはニチリンに戻らねばならない。

 しかし、この船団には狩猟という文化はなく、不用意に飛行機を飛ばすことは禁じられている。

 監視の目もあり、この場合での最適な方法は軍に入隊することだった。



 実のところ、彼女はこのコミュニティが肌に合うところを感じていた。

 しかし、違和感を覚える部分もあり、例えば配給制度を取っていることなど顕著な例だ。

 彼女のいたニチリン皇国は共に食卓を囲む形を取っている。

 恐らく、この規模にもなるとそうはいかないのだろう。

 また、人との繋がりを重視するニチリンと比べると、この船団は組織への帰属意識が強調されている。


「……それにしても、興味ない話ってこうも退屈なものなのね」

 サンナは座学そっちのけで窓から青空を見ていた。

 そんな彼女の様子に、教官は青筋を立てて彼女を怒鳴りつける。

「サンナ訓練兵、貴様! 座学など知らぬという顔だな……? よろしい、戦場の恐怖を後でみっちり叩き込んでやるわ」



 サンナの態度で、急遽、模擬戦へと変更された。

 戦闘訓練に使用するのはY-ウイングの訓練機仕様。

 名前の通り、正面から見た時にYを逆にしたような形状をしており、単発エンジン、無尾翼で後退角を持つ特徴的な機体形状。主翼はやや逆Vの字になっており、翼面積の大きさに細身な流線型のボディで、非常に安定性の高い性能をしている。

 元々はシベリアで復元、それを基に量産されたものらしく、多数の船団国家でライセンス生産されたり輸出される事となり、その影響圏ではほとんどの国家で配備されている機体とまで言われている程だ。

 旧式だがエンジンなどは最新機種に置き換えられており、内部のアビオニクス等も改良されている。

 しかし、オリジナルの機体と比較すると大きく劣り、失われた文明がどれほど偉大なものだったかを実感させられた。

 この仕様は出力を落としている他、訓練用として視認しやすい青と赤と白の配色が施されているのだ。

 前方には機関砲が2門あり、翼下にはパイロンが4箇所ある。

 小型ながら多彩な任務に対応でき、歴史学者はマルチロール機であったと推測している。


「……教官も大人げないね……」

 サンナは格納庫でボソリと呟く。

 彼女は知る由もなかった。この船団内では独り言であろうと誰かが聞いている事を。



 始まる前に、船団内の伝声管で模擬戦のルールが変更が伝えられた。

『サンナ訓練兵は何度被弾しても撃墜判定にはならない。しかし、この5分以内に教官機に一発でも当てなければ、サンナ訓練兵を軍から除名とする』

「除名!? なんでいきなり!?」

 青色の飛行服に身を包んだサンナは突然のことに驚く。

 マーシャラーを担当している若い女性が答えた。

「そりゃあの座学の態度に、上官に大人げないとか言ってたらそうなるわ」

 その冷たい答えに言葉が詰まりそうになるも、後者は独り言であった事を思い出した。

「座学の態度はともかく、さっきのは独り言じゃない!」

 彼女はそんなサンナを諭すように言った。

「いい? ここでは壁に耳あり障子に目ありと思いなさい」

 それを聞いてサンナは思わず呟く。

「酷い相互監視社会ね……こんなんで成り立ってるのが不思議なくらいだわ」

「そういう発言も、度が過ぎれば警察がすっ飛んでくるわよ」

 サンナはモヤモヤを抱えながら、Y-ウイングのエンジンを起動する。

 教官は別の母艦から出撃するらしい。


 通信機を手に取る。

 先程のマーシャラーの声がした。

『合図とともに発艦、その後はポイントαにて教官機と交差。それが模擬戦開始のタイミングね。後は頑張って。以上』

 サンナは実のところこの戦闘機の操縦をしたことがない。

 今のところ座学のみだ。

 その座学はほとんど聞いていなかったので、マニュアルを今になって読み通した。

『あんた……今更マニュアルを? もう遅いわよ……』

「大丈夫。基本はカッターと同じだと思うから」

 カッターとは彼女らがニチリンで狩猟に使用していた小型の飛行機である。

『あんなものとはわけが違うわよ……まあ実践で痛い目を見てもらうしかないね』


 マーシャラーがチョークを外し、カタパルトに機体を固定した。

 エルロン、フラップ、エレベーターの可動を全て確認、機体の後ろにジェットブラストディフレクターが上がる。

 マーシャラーは手旗信号で合図をする。

「……アフターバーナー点火!」

 Y-ウイングの赤い炎が青白く変わる。

 ノズルを絞り、推力を上げて次の合図を待つ。

 マーシャラーは上げていた手を大きく振り下ろした。


 カタパルトによって射出され、激しい火花を散らしながら、勢いよく発艦した。

 今まで体感したことのないスピードに戸惑いながらも彼女は操縦に集中する。

 向かいの母艦からも教官機が見える。

「ここからポイントα……」

 エルロンを動かし、機体をバンクさせる。

 予想以上に傾いてしまい、水平儀を見ながら調整する。

 それでも機体は思った方向ではない場所へと向かおうとした。

 ラダーを動かして向きを整える。

「うわあああっ。なんなのなの!? なんなのなの!? この機体の特性、かなりピーキーじゃない!」

 教官はそれを見て呆れた。

『この機体はまだ操作性に優れている方だ。貴様の怠慢が招いた結果だぞ』

 なんとか機体の制御を取り戻し、教官機と交差するように直進する。


「エンゲージ!!」



――模擬戦が始まった。



「まずは、先手必勝!!」

 サンナは機体を大きく持ち上げ、教官機へとループする。

 逆さになった機体をローリングで戻し、照準を教官機に合わせる。

 機体制御がまだ甘いのか、この一連の動作が完了するまでにかなりの時間がかかった。

『あまいわ!!』

 教官機が視界から消えた。否、機体を傾けて失速させるコブラを行い、狙いから逸らしたのだ。

 虚空に向かってペイント弾を連射するサンナに対して、機体角度を戻してサンナを狙う教官機。

 差は歴然だった。

 サンナは鳥を相手にしたことはあっても同じ飛行機を相手にしたことがない。

 それに、速度や旋回性能も違う。武器もライフルではなく機体に備えられた機銃。


 サンナの乗るY-ウイングのキャノピーや主翼にピンク色の液体が付着する。

「やられてばかりで……たまるかっ!!」

 攻撃を浴びせてそのまま去っていく教官機を追う。

 カッターと比較すると、旋回性能が高すぎて機体制御すらおぼつかない。

 サンナがそうしている間に、再び正面から突っ込んでくる。

 狙いはキャノピー前面。

「うわっ!!」

 目の前がピンク色で覆われる。

 その塗料は風に流され一瞬で剥がれるも、被弾されたという屈辱を彼女に与えるには十分だった。



――残りは2分。



「一か八か……賭けに出るしかないか」

 サンナは相手の軽やかな機動を見て考えた。

 そして、教官機の方へと向かった。


 おぼつかない機体制御で敵の前に出る。

『撃ってくださいと言わんばかりだな、サンナ訓練兵!』

 狙い通り、と彼女は全速力で逃げ出す。

 教官機は直進して逃げる彼女に対し、後ろから何発も浴びせる。

『いい加減観念したらどうだ!』

 サンナは狙い通りの位置取りへと誘導する。

「ここだっ!」

 スラストリバーサーを噴かせて速度を落とす。

 彼がコブラで狙いを逸らしたように、オーバーシュートさせて後ろから狙う作戦だ。

 誘いにまんまと引っかかった彼はその速度のまま彼女を追い越しそうになった。


「後……4……3……2……」


 それを見た管制官は慌てて告げた。

『いかん、失速ストールするぞ!!』

 揚力を失ったサンナのY-ウイングはふらふらと落下し始めた。

 失速警報が機内に鳴り響く。

「機体が言うことを聞かない!!」

 操縦桿を必死に動かすも、動翼がパタパタと動くだけだった。

 それを見た教官は思わず頭を抱える。

『バカモンが……』

 教官は気を取り直し、すぐに反転し彼女の機体へと向かった。

『模擬戦は一時中止、サンナ訓練兵の救出を最優先にする! 下は呪いの大地だ。高度3000までに助けないとな……』


 黒く可視化できる程の靄が迫っていた。

 機体に備えられた呪い検知器がカチカチとなっている。



――私は……このまま死ぬのだろうか。


――じいや、ごめんなさい。



 その時、誰かの声を聞いた気がした。

 サンナは深呼吸する。


「……」


 黒い靄が目の前で、呪い検知器は限界だ。

 機体を大きく持ち上げ、機首を45度上方に向ける。

 Y-ウイングがバラバラになるギリギリ。

 そして、そのままエンジンを全開、ノズルを絞って高度を取り戻す。


『サンナ機、無事復帰しました』

 管制官がそれを告げると教官はホッとする。

 そんな中、彼女はこう告げた。

『教官、まだ30秒残ってるわ!』


 サンナは教官機を後方に捉える。

「よし、次で、決める!」

『無駄だ、今更貴様に何が出来る!』

 オーバーシュートさせる作戦はもう使えない。

 失速の危険性が高い上にもう読まれている。

 そういう危険を犯さずに後ろを取るにはどうしたらいいかを考えた。

 高度を上げる時、平面での速度は落ちる。

 彼女はさらに高度をあげた。

『なにっ!?』

 教官の機体が前方に行った時、高度を下げつつトリガーを引いた。

 これがヨーヨーというマニューバだ。

 黄色い蛍光色のペイント弾が教官機に命中する。



――残り2秒。



「やったああああああっ!!」

 管制室にまで響く彼女の喜び声。

『一本取られたな』

 教官はやれやれといった仕草を見せた。



――じいや、ハレ様、皆……。ちゃんと戻るから……。

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