第二話

「アナタ達、このオセアニアの傘下に入りなさい」


 その宣言は、事実上の隷属要求に等しいものだった。

 エンタープライズの他、ネブカドネザル、ヴォイジャー、と多数の軍用飛行船。

 そのいずれもニチリンの船団に砲を向けている。

「逆らったら砲撃するぞ……って意味ね……」

 サンナは相手の目的を正確に把握していた。

 一触即発の雰囲気。


「武器を突きつけて言うのが汝らの礼儀かえ?」

「アラ、アンタ達みたいな原始人を他の船団のキョウイから保護してやるってんだからブキを見せるのはトウゼンじゃない?」

「それを言うなら汝らは野蛮人じゃ」

 アルメキアとハレは互いに牽制し合う。



――そこに、一つの銃声が響いた。



 狙いはアルメキア国王。


 銃弾は目標の脳天目掛けて直進する。

 しかし、彼の目の前で銃弾は停止した。

「魔道具ショックアブソーブフィールド。ザンネンだったわね」

 彼はそう言うとカラフルな腕輪を外し、くるくると指先で弄んだ。

 その銃弾を手に取り、口づけすると、目つきを変えて兵士に命じる。

「あのフトドキモノをひっ捕らえなさい!」

 指を差された狙撃手は慌てて逃げ出す。

 兵士達は彼に向かって銃を構える。


「やめい!」


 制止したのは、ハレだった。

「アラ、あの子をかばう気? それは場合によっては宣戦布告になるぞ……」

 飄々としながらも徐々に地声へと変わる。

 そんな威圧的な態度にも屈しず、ハレは目を瞑って彼に告げた。

「この船団内で荒事を起こすようであればこのまま自爆も辞さぬ」

 汗一つかかない覚悟を見て、アルメキアは納得して兵士に命じた。

「ブキの使用を禁止するわ、ジンカイセンジュツでひっ捕らえなさい!!」


 ハレの武力に屈しない様子を、サンナは感心して見ている。

 その横にいるオセアニアの兵士が呟いた。

「やはりモスクワ辺りに手垢のつけられたパルチザンか……。連中、こんな辺境にまで……侮れんな」

 それを聞いて、ニチリンが平和だったのは仮初だったのかなと、サンナは思い悩む。


 その時、サンナは後ろからハンカチで口元を抑えられる。

 大きな胸が揺れる程の必死な抵抗も虚しく、彼女は眠らされた。

 眠ったサンナを担いで逃げていくニチリンの農民。

 それを見たマカツが大声で皆に知らせた。

「……姫様が攫われたぞ!!」

 アルメキア国王はその様子に気づくと、苦虫を噛み潰したような顔で増員を呼んだ。

「連中……もう一匹隠れていやがったか!! ヴォイジャーの兵を出せ!」


 しかし、時すでに遅し。

 ニチリンでは狩猟に使われているベージュ色の飛行機。その複座型だ。

 彼らはサンナを抱えつつそれに乗って、船団を脱出していた。


 戦列艦は彼らに向かって砲を向ける。


「撃つでない!!」

 ハレは再び制止した。

「姫様に当たったらどうする。汝らが持ち込んだ諍いじゃ、責任は汝らでとれぃ!!」

 その怒気が籠もった声はオセアニアの人々に対するものだった。


 それを聞いたオセアニアの兵士はボヤいた。

「勝手な婆さんだ……」

 アルメキア国王は、ニチリンとの関係悪化を考え、悩んだ末に結論を導き出した。

「しかたないわね、とりあえずこことのコウショウを先に済ませておきましょう。彼女はノチホド偵察隊を出しておきますわ」



「ん……」

 サンナは目を覚ます。

 彼女は男の背中に拘束されていた。

 その男の前には操縦をしているもう一人がいる。

 先程ニチリンの船団でオセアニアの連中とひと悶着あった二人だ。

 サンナは彼らの名前をよく知っている。

「いやっ、離して!! サイトウさん、イチノセさん!!」

 しかし、暴れてから彼女は気づいた。

 彼女の眼下には不毛の荒れ地が広がっている。

 そして、狭いコックピットの中で、既に逃げ場がないことを。

「手荒な真似をしてすまん。これがたった1つの冴えたやり方なんだ……」


 山岳地帯を超える。

「上昇気流が来るぞ、呪い検知器をフル稼働にしろ」

「了解っす!」

 カチカチと鳴り出す検知器。

 その間隔が長くなるようルートを選ぶ。


 サンナを背負っている男は、常に虹色に輝くインジケーターに神経を尖らせる。

「次のルートは右だ」

「了解っす!」

 機体が大きく傾く。

「うわっ!!」

 サンナは二人分の重みでコックピット側面に大きく叩きつけられる。

「この縄を解いて!」

 彼女は背後で暴れながら訴えるも彼らはそれを拒んだ。

「それはできない相談だ。ここで暴れられると俺達は基地に着くどころが呪いの大地に真っ逆さまだ」

 もう一人の男が続ける。

「この地表の濃度なら俺達はすぐにドロドロっすよ」

 サンナはそれを聞いて下を見下ろす。

 眼下には黒い靄として可視化できる程の高濃度の呪いがあった。


 昼下がりの空の中に、小さな影が見えてきた。

 質素ながらセラミックで構成された中規模の船団。

 ニチリンと比較すると一部が工業化されている。


『こちらダイダロス。こちらダイダロス。応答願う』

 無線通信が入ってきた。

「サイトウとイチノセだ。お荷物も一つ抱えている」

『了解した。では着艦準備に入れ』

 すると通信が切れ、船団の横にある巨大なハッチが開いた。

「よし……着陸脚を出せ」

「了解っす!」

 着陸脚ランディングギアが展開される。

 格納庫の中は暗いが、そこに誘導灯が照らされる。

 スラストリバーサーを噴かせ、機体後方や主翼に備わっているエアブレーキを立てる。

 飛行機は速度を徐々に落とし、格納庫の制動索アレスティングワイヤーに引っ掛け、無事に着艦する。

「着艦完了。ただいま帰投した」

 二人の男は人質のサンナと共に飛行機を降りた。



 サンナの拘束は解かれたが行動の自由は許されず、彼ら二人と共に歩くことになる。

 大半の人々は農業を営み、その雰囲気はニチリンとそこまで変わらない。

 しかし、人々は統率の取れた行動をしていた。


 船の中とは思えないほど広々としている中央広場には、巨大な女性の木像が立っており、サンナはそれに圧倒されている。

「これはこの船団を取り仕切るドゥームズデイ様の像ですよ。彼女はかつてオセアニアとの戦いで女の身でありながら兵士100人を倒したのです」

 そうして後ろから語りかけてきたのは、顎髭を蓄え目つきの悪い冴えない見た目の中年男性だった。

 彼は緑色の軍服とマントに身を包んでおり、いかにもこの船の高官という出で立ちだった。

 サンナが彼に向くと、彼は飄々とした調子で挨拶した。

「ようこそ、対オセアニアレジスタンス組織、レボルシオへ。私はアルベルト。言わばドゥームズデイ様の腹心です」


 彼は二人の兵士に待機を命じると、サンナと共に広場の奥、船団の中枢へと向かった。

「ねえ、ここはどこなの、私を返して!!」

 サンナは必死に帰還を懇願する。

 しかし、アルベルトは苦悶の表情を浮かべる。

「もう貴方は戦争に巻き込まれているんですよ……」

 中枢、点在する蛍光灯以外は一切灯りのない暗い通路。

 お互いの表情すら見えないほどだが、それでも彼女は声色から彼がどんな顔をしているか理解できた。

「オセアニアに取り込まれた人々がどんな暮らしをしているか、知らないでしょう?」

 しかし、彼女はオセアニアがどんな船団国家である事かを知らなかったが故に、想像はできなかった。



 通路を歩くこと数分、ようやくロアーホリゾントライトで照らされている扉が見えてきた。

 彼が手をかざして扉を開けると、石造りの会議場のような空間に出た。

 円卓に複数の椅子、無機質で無骨な外観は機能だけを追求したものといってもいい。

「では紹介しましょう、彼女こそこの世界を統べ、平等と平和の世界に導くに相応しい大いなる英雄、ドゥームズデイ様です」

 黒い軍服に身を包む荘厳な顔立ちの長い茶髪の女性がそこにいた。


「貴様が異国より来た姫君か……」

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