第196話 二匹の虎、相まみえる
武都郡で兵を挙げた馬超は、手薄な白水関から、益州へと侵入した。
続いて、葭萌関を攻めている
その様子を見ていた霍峻は冷や汗をかいた。
「ここで、西涼の錦が登場とは・・・。葭萌関も危ういかもしれない」
馬超の旗印を見つめ、緊張を走らせる。
ところが、その馬超は葭萌関には目もくれず、軍をまとめると、そのまま南下して行くのだった。
狙いは、劉備軍の本隊ということか。
「あそこまで、堂々と背後を見せているのに、勝てる気がしないとは、恐れ入る」
「まったくだが、本当に追撃はしなくていいのだろうか?」
「扶禁が相手であれば、そうするが・・・仕方ない。劉備さまに早馬を送ろう」
霍峻は孟達と話し合い、葭萌関の守備に専念することにした。
相手が馬超では、返り討ちに合う可能性が高く、そうなると葭萌関を奪われてしまうことになるだろう。
本隊の背後に拠点を作られる危険を避けるならば、馬超軍を見送るのも止む無しといったところだ。
何より、今は無敵の豪傑、張飛と趙雲も合流していると聞く。
彼らであれば、十分、馬超に対抗できるはずだ。霍峻たちが無理するところではない。
「今は諸葛亮軍師もいらっしゃる。馬超襲来を知れば、何とかなさるはずだ」
その言葉に孟達も頷いた。
曹操をあと一歩のところまで追い込んだ馬超と曹軍を一騎で追い返した張飛。もしくは単騎駆けを行った趙雲。
いずれにせよ、想像を絶する闘いになることは間違いなかった。
霍峻と孟達は、同じ武人として、世紀の一騎打ちに血が湧きたつのを覚える。
「よい報告が届くのを待とう」
「そうだな」
二人で遠く離れて行く馬超軍を見送るのだった。
霍峻からの早馬が届くと、早速、劉備は張飛を呼んだ。
趙雲が一足早く成都攻略に出発した事情があり、難敵を任せられる将は張飛しかいない。
張飛は、馬超がこちらに向かっていると聞くと、大いに喜ぶのだった。
劉備は、一旦、成都の攻略を中止し綿竹関まで戻ることにする。
この地で馬超を迎え撃とうというのだ。
綿竹関で待つこと二日、ついに馬超率いる一軍が姿を現す。
先頭に立っている将が、恐らく馬超だろう。
その威風堂々した姿に、劉備は思わず唸り声を上げた。
「あれが西涼の錦、馬超か。なるほど、周囲が褒めたたえるのも頷けるというものだな」
「ふん。あんなの俺が蹴散らしてみせる」
同じく城郭で見つめていた張飛は、早くも対抗意識を燃やす。
そんな張飛を、一旦、落ち着かせるためか先鋒の役目を任されたのは、魏延だった。
「魏延将軍、まずは敵の出方を見たい。力勝負で来るというのであれば、張飛将軍が控えているゆえ、安心して戦って下さい」
諸葛亮の指示を受けて、魏延は勇み立つ。
そんな魏延に張飛が声をかけた。
「おい、文長。あんまり無茶はせずに馬超の奴は、俺に任せろよ」
「いえ、益徳殿がいらっしゃるのであれば、多少無茶をしても大丈夫でしょう。一つ、大物喰いを狙いますよ」
若い魏延は、腕試しとばかりに馬超との対戦を望む。これまでの益州攻略でも黄忠の活躍は目立つが、魏延はいいところがあまりなかった。
そうこうしている内に張飛、趙雲という大物将軍が援軍で来てしまったため、うかうかしていると手柄をとる機会を逸してしまう。
ここらで、一発勝負をかけようと思ったのだ。
得意の薙刀を引っ提げて、魏延は馬超の軍に挑む。
すると、出て来た将は馬超とは違う将だった。
だが、見るからに地位ある将だと分かる。
「俺の名は魏延、貴様は何者だ?」
「私は若の従弟、馬岱と申す」
馬岱とは、初めて聞く名前だが、何故か魏延は因縁めいたものを感じた。
そのまま、一騎打ちを申し込む。
馬岱も応じると、二人の闘いが始まった。
十数合、互角の打ち合いを続けるが、技量は魏延の方が勝っているようである。
だが、馬岱も闘い慣れており、上手相手への対処を心得ていた。
手に持つ槍を投げつけると、魏延が思わず馬に身を伏せた隙に、腰に提げていた弓に矢をつがえる。
放った矢が、見事、魏延の右肘に命中した。
何とか落馬は免れるものの、これ以上の戦闘は不可能となる。
「くそ。失態だ」
魏延は馬首を返して、自陣へと引き返した。
それを追う馬岱は、走りながらも魏延の背中に弓の標準を合わせる。
狙い定まった矢が魏延を襲うと思われたとき、その矢は地に叩き落とされるのだった。
「益徳殿」
魏延は張飛の神業に感謝する。だが、この程度のこと、張飛にとっては造作もないことだ。
肩を回して、軽い準備運動を始める。
「あいつは誰だ?」
「馬岱と名乗っていました」
「すると、馬超と同じ一族だな」
張飛は馬岱に対して、丈八蛇矛を向けた。
戦闘準備が整った合図である。
「馬岱とやら。俺の名は張飛益徳。とっととお前を血祭りにあげて、馬超を引きずり出してやる」
張飛の宣戦布告に馬岱は身震いした。あの呂布と互角に闘ったという伝説級の武人が目の前にいる。
馬岱の西涼人の血が騒いだのだ。
「若の相手など、身の程知らずが。私がお前を討つ」
果敢にも馬岱が張飛に挑む。先ほど、魏延と闘った際、技量が下回っていると認識したはずだ。
明らかにその魏延より強敵と思われる張飛に挑むのは、西涼人の性かもしれない。
かといって、実力差は、そう簡単に埋められるものではなかった。
丈八蛇矛の一撃を何とか剣で受け止めるが、その衝撃で馬岱の手がしびれてしまう。
剣自体を落とさなかったのが、奇跡といえた。
「おい、分かったろ。早く、馬超を連れて来い。それとも、まだ続けるのか?」
張飛の巨躯が、馬岱の目には更に大きく映る。
心が折れて、恐怖の対象を前に馬岱は身動きが取れなくなった。
ただ、蛇に睨まれた蛙のように動けないだけなのだが、張飛は返答を拒否したと受け取る。
必殺の一撃を打つ構えを取った。
「待て、俺が相手になろう」
「やっと、お出ましか」
声の主を確認せずとも、激しい気勢を放っていることから、ただ者ではないことが分かる。
振り返ると、やはり、馬超孟起。その人だった。
「馬岱は、生き残った、唯一の俺の血縁者だ。簡単に討たせるわけにはいかない」
「人の心配より、自分の心配をしたらどうだ」
張飛と馬超。
両者の火花が散るような睨み合い。お互い、早くも臨戦態勢となった。
「行くぜ。見掛け倒しは、止めてくれよ」
「お前こそな」
まずは、挨拶代わりの強烈な一撃を打ち合う。高い金属音が鳴り響き、互いの武器が両者の間で止まった。
達人同士は、剣を合わせるだけで力量が分かるというが、張飛と馬超は、最初の一撃で自分と同じ域にいる相手だと知る。
「面白れぇ。ここまでの相手は、久しぶりだ。思いっきり、暴れさせてもらうぜ」
張飛は歓喜に吠えて、力全開に丈八蛇矛を振り回した。
馬超も負けじと、愛槍で応戦する。
その闘いぶりは、まるで生き残りをかけた猛獣同士の殺し合いのようだった。
いつしか、戦場で闘っているのは張飛と馬超のみとなる。
誰もが、この一戦に目を奪われてしまったのだ。
打ち合う事、五百合。それでも両者の決着はつかない。
張飛が、一人の相手にこんなに長時間戦うのは、呂布以来である。
自然と笑みがこぼれるのだった。
途中、水を取るための休憩を、一度、挟んだが、再開後の闘いでも決着はつかない。
いつの間にか日が傾き、辺りがうす暗くなってきた。
綿竹関で、二人の一騎打ちを見ていた劉備が、視界が悪くなることを気にして、退却の銅鑼を叩く。
それを聞いた張飛は、無念の表情を浮かべた。
「おい、馬超。長兄から、退却の指示が出た。明日、また、やろうぜ」
「俺はせっかちな性格でな。終わらせることができることは、今日中に終わらせないと気が済まないんだ」
「暗闇の中、闘おうってのか?」
張飛がそう言うと、馬超は部下の者たちに
二人の決闘の舞台だけが明るくなった。
「これでも見えぬと言うのか?」
「つくづく面白れぇ。やってやるよ」
ここまで、されては受けない訳にはいかない。
そもそも張飛も気長な人間ではないのだ。
両者が、明るくなった中央に進み、一騎打ちが今にも再開される。
その時だった。
「待て。この勝負、俺が預かる」
劉備が綿竹関から飛び出してきて、二人に待ったをかける。
中止する雰囲気が一向にないことを懸念して、劉備がやって来たのだ。
「馬超殿。あんたを西涼の雄と見込んで頼む。二人の決着は、明るい日輪の下で正々堂々とつけてくれ。変な難癖がついちゃあ、もったいない」
そう言って、劉備が頭を下げる。敵の総大将が、わざわざ身をさらして、一武将に懇願してきた。
しかも、その理由がこの一騎打ちを
「分かりました。張飛も主君の指示に背いての闘いとなれば、集中できないかもしれない。明日、再戦、致しましょう」
劉備の願いを聞き届けた馬超は、そのまま、闇夜に姿を消した。
その潔さに劉備は、惚れ込むのである。
「西涼の錦か。違った形で出会いたかったよ」
それは、詮無いことかもしれない。
だが、劉備は、そう思わずにはいられないのだった。
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