第131話 龐統の真意
諸葛亮の献策に従い、劉備は一万の兵を引き連れて夏口に駐屯した。
この地で、このまま孫権軍を待っていてもいいのだが、派遣した諸葛亮や簡雍の様子が気がかりであったため、陣中見舞いと称して誰かを派遣することにする。
そこで、劉備は麋竺に声をかけた。
麋竺は妹が亡くなってからというもの、気持ちが伏せがちになっている。何か気分転換になる仕事を与えた方がいいと考えたのだ。
「麋竺、すまないが柴桑に行って、孔明や憲和の様子を見てきてくれないか?」
「承知いたしました」
これが劉備の気遣いだと麋竺にも分かる。感謝しつつ、早速準備を始めた。
元商人の血が騒いだのか、陣中見舞いの品定めでは、張りきって品物を選定している。
その元気を取り戻した様子に、劉備も安心するのだった。
麋竺が柴桑城に着くと、孫権は陣中見舞いの品々を喜んで受け取る。すぐに麋竺を歓待するもてなしが始まった。
そこに麋竺の来訪を聞きつけた簡雍がやって来る。
「麋竺さん、お役目、ご苦労さまです」
「おお、簡雍殿。見たところ、お元気そうで何よりです」
「皆さんは、お変わりありませんか?」
他愛もない挨拶を繰り返していると、不意に麋竺が簡雍に耳打ちする。
「諸葛亮殿のお姿が見せませんが、何かございましたか?」
「いえ、孔明さんは軍議に呼ばれることが多いので、今も周瑜さんのところにいらっしゃいますよ」
それを聞いて、一安心するが、孫権の家臣でもないというのに軍師とは、大変な仕事だと感心もした。
麋竺はしばらく孫権と歓談を続ける。
温和にして善良な麋竺の性格に、思わず孫権も心を許したようだ。
孫権の家臣は、孫策が才能あふれる人物を集めた反面、何分、あくが強い者が多く、麋竺のような緩やかな性格の者が少ない。
特に張昭とは、喧嘩になることも、しばしばあったので、孫権は麋竺と話すことで心安まる時間を過ごすごとができたのだ。
麋竺が夏口に戻る時間になると、名残惜しむが、こればかりは仕方がない。
その時、丁度、軍議を終えた周瑜と諸葛亮が姿を現すのだった。
「麋竺殿、お初にお目にかかる」
「こちらこそ。会議、お疲れさまでございました」
その後、軍議の結果に関わることなのか、一度、劉備とも打合せがしたいと周瑜が切り出す。
「我らは、これから樊口に向かいます。夏口のすぐ近くですので、一度、劉備殿とお会いしたいのですが、お伝え願えますか?」
麋竺が返答に困っていると、諸葛亮が進み出てきて、判断を助けた。
「我が君には、ぜひともお越しいただいた方がいいでしょう。その際には、関羽将軍が同行した方がよろしいですね」
諸葛亮が言うのであれば、間違いないと麋竺は、周瑜の提案を了承し劉備に必ず伝えると約束する。
そのまま、麋竺は孫権陣営を後にするのだった。
襄陽城に荀彧が手配した援軍が到着する。
やって来たのは二十万の大軍で、率いて来たのは徐晃だった。
「昼夜を通して、やって参りました。疲れはありますが、何のすぐに戦に出ることはできます」
言っていることは勇ましいが、そこまで慌てる段階ではない。
曹操は、休息を与えた後、軍を動かすことにした。
「龐統殿、我らはこの後、どのように軍を進めればいいだろうか?」
「そうですねぇ」
龐統は顎に手をあてて思案する。
江南の地では、軍を動かすのも容易ではなかった。
何故なら、長江周辺には湿地帯が広がっている。騎馬も
更に増援を加えて、総勢五十万にもなる大軍となっている。
地図通りに進むのは非常に難しかった。
「一旦、江陵を目指して、そこから船団を組みます。そして、長江の流れに従うのがよろしいかと」
この龐統の提案を荀攸や司馬懿が吟味するが、案としては悪くないように思われる。
但し、五十万もの人間を乗せる船があるかどうかが問題だった。
「蔡瑁、荊州の戦船の保有数は、どうなっている?」
「
「揃えるのに、どれくらいかかる?」
曹操の言い方は質問ではなく、詰問に近い。
鋭い視線に萎縮しながら、蔡瑁は恐る恐る答えた。
「およそ、ひと月はかかるかと」
「そんなには待てない。その半分の日数で、何とかせよ」
この命令に逆らえる者などいない。
蔡瑁は血の気が失せるが、承知するしかなかった。
「ああ、旗艦となる大きめの楼船もお願いしますね」
龐統が、更に難題を申し付ける。
蔡瑁は、絶望感を味わいながら、手配を急ぐのだった。
同じ軍議に参加していた徐福は、黙ったままである。
蔡瑁が青ざめているが、劉備を討とうとした輩のこと、彼に同情する気はまったくなかった。
それより、今は龐統の真意が気になる。
本当に、このまま諸葛亮と敵対するつもりなのだろうか?
先ほど、曹操に提案した行軍方法は、徐福から見ても最良に思えた。
邪魔立てしようにも、考え付く代案では龐統の案を退けることは無理である。
このまま、黙って龐統の為すがままにしてよいか分からないが、今のところ、対抗できるだけの手段はなかった。
蔡瑁の造船作業が大至急、行われている中、曹操軍は江陵県まで駒を進める。
後は船が出来上がるだけだったが、命じられてから、二十日後にやっと完成した。
龐統が最後にした要求、大きめの楼船の作成に手間取った結果だったのだが、当の龐統は涼しい顔で蔡瑁を非難する。
「あと五日早ければ、
確かに陸口から先は湿地帯を抜けることができるため、曹操軍、得意の陸上での戦いに持ち込むことができた。
それが叶わないとなると、長江を舞台にした水上戦で決着をつけるしかない。
龐統の言葉によって、蔡瑁は曹操より不興を買うことになった。
両者の仲は、険悪なものへと変わっていく。
その様子に龐統の口元が僅かに綻ぶのを徐福は認めるが、それがどういう意味か分からなかった。
もともと龐統は飄々とした人物。
その表情から、考えることを読み解くのは付き合いの長い徐福でも困難なのだ。
すると、龐統が徐福に近づき、耳元で囁く。
「ここから先は、後戻りできなくなる。元直殿は、ここを離れた方がいい。もうすぐ、報せが届くはずなので、俺に話を合わせてほしい」
言っている意味が理解できない内に、急使が江陵城にやって来た。
その内容は、西涼の馬超、韓遂に不穏な動きがあるとのこと。
北方の兵をかき集めて荊州に送ったことにより、長安近隣が手薄になった。そのせいで、反乱の虫が騒いだのだろう。
これから、一大決戦を迎えるというのに、憂慮していた後顧の
騒然とする中、龐統が大きな声を張り上げる。
「落ち着かれよ。まだ、反乱が起こったわけではない」
その言葉で落ち着きを取り戻すと、引き続き、龐統が発言の主導権を握った。
「しかし、このまま黙っていれば、本当に反乱が起こってしまうかもしれません。そこで、徐福殿を派遣することを推挙しますが、どうでしょうか?」
徐福の用兵能力は周知のこと。
それに曹操としても、劉備との対決に際し、徐福が裏切ることはないにせよ、何らかの手心を加える懸念は持っていた。
ここで、前線から外すことに躊躇いはない。
「確かに徐福が行ってくれるのならば、安心だ。どうだろう?」
曹操の問いかけに、龐統は受けろと合図を送った。
徐福は、素直に従って長安へ援軍として向かうことにする。
別れ際、徐福と龐統は言葉を交わした。
「これは、どういうことか説明してもらえるだろうか?」
「このまま、この軍に元直殿が残ると身に危険が及ぶかもしれないからですよ」
額面通り受け取ると、曹操軍が危機に瀕することを予見していることになる。
それは、つまり・・・
「俺が孔明ちゃんと対立するわけがないでしょ。元直殿に代わって、曹操を不利な状況に持ち込みますよ」
「なっ。・・・いや、そういうことか」
龐統が曹操についたのは、諸葛亮の手助けのためだったのだ。
それで、徐福はようやく得心する。
「それであれば、初めから言ってくれればいいだろうに」
「敵を欺くには、何とやらですよ」
悪戯っぽく笑う龐統の顔を見て、徐福はすっかり安心するのだった。
「それでは、後はよろしく頼む」
「ええ、お任せ下さい」
伏竜と鳳雛が共闘する。
そうなれば、徐福の出番など必要はなかった。
二人をよく知る者は、この一番に胸の高鳴りを覚えることだろう。
徐福は、何一つ不安なく、長安へと向かうのだった。
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