第114話 続く反乱と不吉な火種
孫権は反乱者の鎮圧を行い、民が落ち着くのを待つと、満を持して劉表配下、江夏太守の黄祖を攻めた。
黄祖は、父孫堅の仇敵であり、彼の者を討つのは、孫家の悲願でもある。
この決戦にあたり、先鋒を任されたのは、
凌操は豪胆な人物で、孫策に仕えていたころから、先陣を任されることが多かったが、それは仕える主君が孫権になっても変わらなかった。
夏口の前を流れる長江の畔で対決した凌操は、黄祖軍を激しく攻めたてる。
その勢いに押されて、退却を余儀なくされるのだが、黄祖軍の一人の武将が
その男は、不満げな表情を浮かべながら、凌操の兵たちを討ち倒していく。
「何だ、この黄祖って奴の弱さは?これは、つく相手を間違えたのかもしれんな」
その男の名は、
元々、先代の益州牧である
その反乱は失敗に終わり、荊州に身を潜ませていたところ、今回、黄祖の都督、
本日が黄祖軍における初陣だったが、ことごとく孫権軍に倒されていく味方には呆れかえる。
もう少し多くの兵士を割り当てられていれば、甘寧にもやりようはあったのだが、手持ちの食客八百人だけでは如何ともしがたかった。
黄祖は、江賊にまで身を落とした甘寧を重用しなかったのである。
「追え、追え」
「あのうるさい奴だけでも、殺っとくか」
甘寧は先頭を走る凌操に標的を絞り、弓を構えた。
一射絶命。
精神を研ぎ澄まして放った矢は、美しい弧を描いて凌操の額を射抜く。
凌操が馬上から落ちるのを確認すると、騒然とする凌操の兵たちを尻目に、甘寧は悠々と退却するのだった。
凌操の訃報を陣幕で知った孫権は、弔い合戦だと鼻息を荒げる。
しかし、そこに豫章郡において、山越族が大規模な反乱を起こしたという急報を受けるのだった。
黄祖をあと一歩と追い詰めつつも、これ以上の進軍は叶わない。
残念ながら、追撃をここで断念し、山越族の反乱討伐に向かわなければならなくなった。
「黄祖め。己の悪運に感謝するのだな」
馬首を返した孫権は、まずは豫章郡の制圧に向かう。
行軍途中、やはり、前任の豫章太守である華歆が抜けた穴は、大きかったのかと悔やむが、残った家臣団で何とか対処するしかない。
孫権は、黄蓋、韓当、周泰、呂蒙を豫章郡の諸県に派遣して、山越族どもを討伐平定する。
その後、
豫章郡が落ち着くと、一息つく間もなく、今度は会稽郡でも山越族の反乱が起こる。
山越族は、未開の山中に住む不服従民の集まりで、本拠地や実態を掴みきれていなかった。
故に撲滅や根絶はもちろんのこと、服従させることすら難しい、厄介な存在。
その都度、対処しなければならない孫家にとって、常に頭痛の種だった。
会稽郡における山越族討伐を任されたのは、
山越族が主に行動を起こしたのは、
賀斉は、一軍を率いて、まずは建安県を目指して南下した。
一方、対峙する山越族は、
山越族は息を合わせて北上し、豫章郡
賀斉も余汗県に達するが、敵兵が予想より多いことに、これ以上の深入りを警戒する。
兵の調達が必要と考えた賀斉は、余汗県に見張りを置いて、自身は迂回し、当初の目的通り、建安県を目指すことにした。
「
「・・・。」
訝しみながらも、もう一度、指示を出すと丁蕃は、
「お前なんかの指示に従えるか」と、声を高々にうそぶいた。
この命令違反に賀斉は、容赦しない。
「以前は同輩だった私の指示に従うことを自尊心から、許せないのだろう。しかし、私もそういったお前の態度は赦せない」
賀斉は軍法に照らして、丁蕃を処刑にした。
それを見ていた他の者たちは、震えあがり、みな賀斉の言うことに従うようになる。
軍律を正した賀斉は、他の信頼のおける者を余汗県に残し、建安県に向けて軍を動かすのだった。
建安県についた賀斉は、まず、都尉の役所を設置する。
「各県令に伝えて、兵五千を徴発させるんだ」
その指示のもと、県令を指揮官とした軍団組織を作らせると、賀斉の統制下に収めた。
こうして何とか、山越族に対抗できるだけの兵力や体制を整えることに成功する。
その軍をもって、賀斉は漢興県を攻めると、本営に残っていた洪明を斬り伏せた。
勢いそのままに余汗県の山越討伐に向かう。
兵を補充した賀斉相手に、洪進、苑御、呉免、華当らは対抗することができず、いたずらに兵を損失するばかり。
ついに山越族どもを屈服させると、賀斉は軍を反転させる。
蓋竹、大潭、次々と攻め落としていった。
呉五、鄒臨と山越族六千以上を討ち取り、その他、名のある頭目たちを捕虜にする。
見事、反乱を鎮圧した賀斉は、その功で
豫章郡、会稽郡と立て続けに起きた山越族の反乱を鎮めることができた孫権は、すっかり安心しきっていたが、実は火種は、まだくすぶっていることに気づかない。
以前、呉郡に
疎ましく思った孫策は、この盛憲を誅することを決断する。
この不穏な空気を人づてに聞いた孔融は、親交の厚い盛憲の身を案じた。
孔融は、何度も曹操にかけ合って、盛憲を中央に招聘することを嘆願するのである。
孫策の毒牙が届かないよう、身柄を移そうと考えたのだ。
はじめは取り合わなかった曹操も、孔融があまりにもしつこいため、自身で盛憲のことを調べさせると、確かにひとかどの人物だということが分かった。
曹操は、騎都尉として盛憲を招聘する命令書を送るのだった。
ところが、その通知が届く前に孫策の指令が下りる。
その命令により、孫権が盛憲を殺してしまうのだ。
この時、盛憲が目をかけ、囲っていた人物が二人おり、それぞれ
二人は、自分たちの命も危ういと察知すると、素早く山中に身を潜ませる。
そして、その山中では、山越族の世話を受けるのだった。
特に今回、賀斉に討たれた洪明からは家族当然の待遇を受けていた。
「おい、これでお世話になった恩人が二人も孫権に殺されたことになる」
「ああ、このまま黙って見過ごすわけにはいかねぇよな」
二人は、直接、孫権を討つことは叶わずとも、何とか一泡吹かせたいと考える。
かといって孫権の周りは、警戒が厳しいため近づくことすら、簡単ではないだろう。
それならば、弟の
孫翊は丹陽太守に就任したばかりで、人材を広く募集している。
嬀覧も戴員も武勇には自信があり、うまくやれば何とか潜り込めるのではないかと考えた。
早速、孫翊の身辺調査を行う。
どうせ仕官するのであれば、自分たちはそのまま、ぬくぬくと栄達したい。
孫翊を殺した後、身代わりとして罪を被る人物、もしくは実行犯として利用できる人物がいれば、最適なのである。
そして、浮上する人間が一人だけいた。
それは、孫翊の側近だった
この男、聞くところによると粗野で短慮。
簡単に利用が出来そうだった。
後は、どうやって孫翊の元に潜り込むかだが、元々、盛憲から考廉に推挙されるほどの二人である。
少し身なりを整えて真面目な素振りでもすれば、孫翊を騙すことなど分けないだろうと高を括る。
「よし、それじゃあ、行くか」
「そうだな」
嬀覧と戴員は、早速、山を下りると身支度を整えて、孫翊がいる郡地所を訪れるのだった。
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