第72話 呂布の敗走

下邳城を呂布に奪われ、小沛に駐屯する劉備。

劉備はこの地で、一万の兵を集めて、軍事力の増強を図る。

そのことを知った呂布は、劉備の行為を忌み嫌った。


しかし、兵を増やしたというだけでは、攻め込む理由としては弱い。

不機嫌を隠そうともしない呂布に、

「劉備が小沛に入った目的が分かりました」


絶妙の間で、小沛に攻め込むべき根拠を持って、陳宮が現れた。

「どうやら、密かに曹操と手を組んでいたようです」

「すると、あの増強は俺を追い落とすためのものだな」


劉備が徐州を支配していたとき、曹操の侵攻で領民を大量虐殺したという因縁があるため、手を組むことなど想像していなかったが、よもや水面下で繋がっていたとは・・・


呂布と和睦を結んだ際、小沛に駐屯すると言い出したが、その狙いは分からなかった。


しかし、こうなれば、その時点ですでに盟約を結んでいた可能性が高い。

曹操領の隣の小沛に駐屯することで、呂布を監視し、その情報を曹操と共有していたと思われる。


何にせよ、敵対する意思があるのならば、攻める口実は十分となる。

呂布は、張遼、高順の二将軍を呼び出して、小沛を攻めとるように指示を出した。



呂布軍迫るという知らせを受けた劉備は、急いで曹操に使者を送った。

敵の軍勢は精鋭三万と聞いているが、こちらは新兵が一万。

どう考えても対抗するのは難しいのだが、劉備に悲壮感はない。


「それじゃ、予定通りいこうか」

劉備の号令のもと、小沛の城を出る。

通常は援軍が来るまで籠城というのが定石かもしれないが、はじめから退却前提の戦い方をすると決めていた。


それは小沛の城が小城で守るに適さないという理由と城に籠った場合、退路がなくなることを嫌ったのだ。

そもそも小沛に駐屯する理由は、曹操と連携が取れやすいということと、もう一つ、逃げ道を確保できる点からだった。


消極的と思われるかもしれないが、曹操と呂布を嚙合わせるというのが、今回の劉備たちが描く最終的な戦場の形。

関羽と張飛が入れ替わりでしんがりを務めながら、劉備の本隊を逃がす退却戦を演じて、曹操軍との合流を図った。


劉備軍が豫州梁国りょうこくに入ると張遼、高順の追撃が止まった。

ここら辺はすでに曹操領内、深入りを避けたと思われる。


劉備たちがそのまま進んでいると、目の前に砂誇りが見えた。

旗印から、夏侯惇の隊と分かる。


「劉備殿か?」

夏侯惇としては、小沛が、こんなに早く落ちることは想定外、こんなところに劉備がいるとは思ってもみなかったようだ。


「夏侯惇殿。救援、申し訳ない」

「どうする?小沛を取り戻しに行かれるか?」

「いや、止めておこう」


自身が駐屯しておいて言うのもなんだが、今回の戦において小沛は、それほど重要拠点ではない。

それを言うと折角、救援に来てくれた夏侯惇に対して申し訳なく、身もふたもなくなるので、劉備は言葉少なめに断った。


曹操の本隊も追って、出陣するということらしいため、まずは合流し、彭城ほうじょうあたりから攻め入った方がいいのではと提案する。


小沛を奪還しないのであれば、夏侯惇も急ぐ必要はなくなる。

どこを攻めるかは、郭嘉や荀攸あたりが指針を示すはずなので、本隊と合流するという点にだけ、夏侯惇は同意するのだった。



梁国で曹操と劉備は再会すると、今後の方針をについて話し合う。

「下邳城まで最短で攻め上がった方がいいと思うが、どうだろう?」

「それが一番いいと思う」


その意図は、袁術の横やりが入る前に呂布を仕留めたいということだった。

呂布は朝廷の命に従って、袁術と争ったが、不利とみれば、また、連絡を取り合う可能性がある。


一時期、呂布の娘と袁術の息子の縁談話もあったようなので、時間をかけたことにより、その再燃ということもあり得るのだ。


「その場合、小沛は捨て置くことになるが?」

「まったく問題ない」

二人の対話により、戦の方針が固まる。

劉備が夏侯惇に話したように、まずは彭城から攻めることとなった。



劉備を敗走させたのはいいものの、それ以上の大物を相手にすることになった呂布は、下邳城で対策を練る。


「曹操軍は、今回、遠方より行軍して来ています。ここは、相手に休息を与えぬためにも、早急に迎え撃つべきでしょう」

「いや、俺には何やら曹操が急いでいるように見える。ここは、あえて相手に乗らない方がいいだろう。近づいて来るのを待って、討ち滅ぼす」


呂布は陳宮の意見を退けて、曹操軍が泗水しすいの河を渡って来るのを待つことにした。

泗水の手前には、彭城があり守るのは、侯諧こうかいという将だが、呂布が待機の作戦をとったため、下邳城からの援軍は来ない。


小沛にいる張遼、高順も動かないため、彭城の兵のみで曹操本隊と対決することとなった。

捨て駒にされたと感じた侯諧は、玉砕覚悟で、曹操軍に総攻撃をしかけるが、あえなく撃沈する。

彭城は開城、侯諧の首は刎ねられてしまった。


曹操軍は、緒戦に勝利し、勢いがついたまま泗水を渡る。

そこで、呂布と相まみえた。

「空き巣のまねごとが好きなようだが、悪事は長く続くことはないぞ」

「貴様も徐州の民に、悪事を重ねておいて、よくこの地を踏めたものだな」


お互い、相手の非を責めるが、これは引き分けだな。

近くで聞いていた劉備は、そんな感想を漏らす。

すると、

「おい、そこの大耳児だいじじ。袁術から救ってやったというのに、その恩も返さずによく俺と敵対できるものだな」

「今度は、俺かよ」


大耳児とは、劉備の特徴である大きな耳を揶揄しての言葉だった。

一歩引いた位置にいたのだが、近くに関羽と張飛がいれば、どうしても目立ってしまうのだろう。

劉備は面倒くさそうに前線に立った。


「ええと、確かあれは天意だろ?天には感謝するが、お前に感謝することなんか、一つもねぇよ」

天意と言い出したのは、呂布である。

これには返す言葉もなかった。


「だいたい、お前は俺の義弟をひでぇ目に合わせたんだ。その落とし前は、きっちりとつけさせてもらう」

「黙れ、独力では何もできぬくせに」

舌戦を終えると、後は剣と矛で語るのみ。

両軍は、下邳城近くの原野で激突するのだった。


「きっちり、借りを返して来いよ」

劉備の言葉に頷いて、張飛が突撃する。

他の兵には目もくれず、呂布に向かって一直線に向かっていった。


この時の怒りに満ちた張飛の突破力は瞠目に値する。

敵軍の中に無理やり道を作り、最短で呂布のいる本隊にまで辿り着く。


「おい、呂布。この前は、随分と世話になったが、利息含めて、全部返しに来たぜ」

「ふん、また、馬上から転げ落としてやるわ」

張飛と呂布の四度目の対決が始まった。


丈八蛇矛と方天画戟が宙で、激しくぶつかり合う。

火花を散らすという表現がよくあるが、二人の対決は得物同士がぶつかった際に、本当に火花が飛んでいるようだ。


二人の間には焦げくさい匂いが立ち込める。

常人の域を越える力同士で、強堅な武器を扱うからこその現象なのかもしれない。


そのまま数十合、打ち合うと呂布は、ある違和感を覚えた。

『こいつ、強くなってやがる』


確かに張飛は、難敵中の難敵だが、呂布の力をもってすれば捌ききれない攻撃は、今までなかった。

ところが、今日は本当にぎりぎりの攻防を強いられている。

今まで、数多く闘っているからこそ、分かることだった。


『このままでは、俺はいつか・・・』

そんな不安がよぎった時、呂布の方天画戟が僅かに乱れた。

そして、張飛の丈八蛇矛がついに呂布の左肩を捉える。


血飛沫が舞ったとき、痛みよりも、「しまった」という感情が先行するが、後の祭り。

その切傷は、方天画戟を操るのに支障をきたすほどの怪我だった。


「今日は、ここまでだ」

「おい、ふざけるなよ」

張飛の怒声を背中に、呂布は赤兎馬で全力疾走する。


一騎打ちの結果、傷を負って呂布が逃げる姿など、味方からすれば悪い夢以外のなにものでもない。

その影響は軍全体に伝わり、呂布軍は総崩れとなった。


張遼不在の今、呂布が頼りにしていた健将・成廉せいれんも捕虜となるほどの被害が出る。

この大惨敗に、よほど堪えたのか、以降、呂布は城に籠って出てこなくなった。


怪我の治療があったかもしれないが、おそらく、張飛に敗れたことが尾を引いているのだろうと推測された。


いずれにせよ、攻め時となった、今、曹操は、下邳城を厚く取囲み、連日連夜、攻撃をしかける。

呂布が守る下邳城に暗雲が垂れ込めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る