第33話 密談
王允、倒れる。
その報せを受けて、貂蝉は郿城から長安へ向かう許可をもらえた。
実際に王允の屋敷を訪れてみると、軽い風邪をひいただけと聞いて、貂蝉はほっと胸をなでおろすのだった。
しかし、年齢のこともあり、変にこじらせると大変である。
寝台で横になる養父にゆっくりと静養することを薦めた。
「心配をかけてすまないね」
「倒れたと聞いて、驚きました」
その点も重ねてすまないと王允は謝る。
実は郿城で貂蝉に対する詰問があったという情報を聞きつけ、心配になった王允が屋敷に戻るための口実作りのため、わざと大袈裟に喧伝したのだという。
大胆なことを考えたものだ。
「それで、貂蝉の方は大丈夫かい?」
王允の問いかけに貂蝉は沈んだ表情をうかべる。
「私は自分の目的のために郿城に行きました。・・・でも、その私のせいで不幸になる人間がいることも知ったのです。・・・どうしたら、いいのか」
ぽろぽろと涙を流す貂蝉を寝台近くまで招きよせると、王允は頭をなでてあげる。
優しい貂蝉だから、気にしてしまうのだろうけどと、前置きすると、
「人には人の人生がある。・・・必要以上に踏み込んで考えるのは、その人に対して失礼だと思うよ」
「・・・でも」
それでも苦悩する貂蝉の手を王允は握った。
「ごらん、貂蝉の手はこんなに小さいんだ。・・・持てる量には限りがある。今は、自分のことだけを考えなさい」
確かに自分の無力さは自覚している。
董卓への復讐も手詰まりで、どうしたらいいのか分からない。
「そういう時は、人を頼るのも手だよ」
・・・でも、先ほどは、人への手助けはほどほどにしなさいとたしなめられたような・・
「私は貂蝉の親代わり・・親が子供を手助けするのは当然のことだよ」
王允はよくて、貂蝉はだめだという。
何だがずるく感じるが、王允の惚けた顔を見ると落ち着いてくるのだった。
「それにね、貂蝉やろうとしていることは、この国にとってとでも重要なことだ。そんな華奢で小さな体、一人で背負わせるわけにはいかないよ」
二人でじっくり考えようと、その日は深夜を過ぎても部屋の灯りが消えることはなかった。
孫堅の死。
その訃報が
かつて、黄巾の乱の際、孫堅を抜擢した縁がある朱儁は深く嘆き悲しんだ。
『文台よ。・・・早い、あまりにも早すぎるぞ』
孫堅の無念を思うと、その胸は張り裂けるほどに痛い。
朱儁は、朝廷の命で
孫堅のことを想う朱儁は、そこで一大決心をする。
軍を反転させて董卓のいる長安を目指したのだ。
『文台の無念、代わって、俺がはらす』
もちろん、孫堅を討ったのは劉表だったが、それはあくまでも私戦。
孫堅の最終的な目標は董卓打倒にあることを朱儁は知っていた。
倒すならば、董卓である。
反董卓の機運を再び立ち上げると、朱儁と旧交があった徐州刺史の
小規模ながら、反董卓連合が結成される。
一方、朱儁の反旗を知った董卓は部下の
両軍は、
ここで苦戦し長期化すると、他にも賛同する諸侯が現れるかもしれないという李儒の言葉に董卓は、
「それにしても、孫堅め。死んでも儂にたてつくのか」
憤慨しながら、すぐさま増援に踏み切った。
援軍の将には呂布が選ばれる。
その圧倒的な武力で一気に反乱を鎮めてしまう肚だった。
呂布が郿城を離れる。
この情報を入手した時、この期を逃がすわけにはいかないと王允は考えた。
ついこの間、養女・貂蝉との密談でも呂布が董卓の傍らにいる間は、董卓を殺すなど夢のまた夢と話し合ったばかりだった。
あの時は、呂布と董卓を引き離す方法が、ついぞ浮かばなかったが、思わぬ幸運に感謝する。
すぐに志を同じくする
「折しも献帝陛下のご病気が快復したばかり、そこで陛下からお話があるといって呼び出すのはどうでしょう」
士孫瑞が、そう提案するが、それだけで董卓が動くだろうか・・・
何かが足りないような気がする。
「その話、
王允が士孫瑞の案に付け足した。
禅譲とは、天子の座を譲るということ。
究極の餌であるが・・・失敗すると陛下の身にも危険が及ぶ可能性がある。
失敗は、絶対に許されない。
色々な要素を加味して考えていくと、二の足を踏んで、なかなか決断できない。
そんな時、王允は貂蝉の顔が浮かぶのだった。
『あの子は、身の危険を顧みず、単身、董卓の懐に飛び込んだ』
自分の復讐のためと言い切るが、王允が悩んでいたことを気にかけての行動であったことに間違いない。
年端もいかぬ娘に命を賭けさせて、自分は何をためらっているのか・・・
「事を成す前に、失敗した時のことを考えては何もできない。我々の命に替えても成し遂げよう」
王允の言葉に二人は大きく頷いた。
「・・・しかし」
頷いた後、黄琬が不安を口にする。
何かと、問いかけると、
「通常、禅譲を受ける者は、二、三度、辞退いたすもの。・・・あまり時間をかけてしまうと呂布が戻ってきてしまうのではないでしょうか?」
確かに、一般的に考えるとそうだ。
だが、相手は董卓・・・
「いや、あいつは一度目で受けるよ」
王允の言葉に、なるほどと、みんなが納得した。
董卓の性格が極端すぎて、読みやすい。
礼儀作法も気にしない傍若無人ぶりが、かえって仇となるとは・・・
皮肉なものだと、三人の中で笑いが起こる。
笑ったことにより、この計画、成功するような気持が大きく膨らんだ。
『いや、絶対に成功させてみせる』
郿城にいる養女を想いながら、王允は誓う。
郿城の御殿にて、董卓の前に王允が平伏していた。
献帝陛下の使いとして、登城したわけだが、その内容に董卓は驚く。
「献帝は、儂に天子の座を譲るというのか」
「はい。先日まで、ご病気を患われていたのですが、快復なさいますと近臣を集めて、そのように宣言なされました」
「うむ」
董卓は、器を大きくみせたいのか、にやつく顔を必死に抑えながら、深く頷く。
「しかし、急なことよ。病気は本当に治ったのか?」
「ご病気の方は、問題ございません。天子の御心は、私などに計りようもございませんが、ご闘病の間に何か思うところがあったのやもしれません」
「なるほどな」
董卓は、それで納得したようだ。
「李儒よ、どう思う」
「おめでたきことにございますれば、お受けになるべきかと思います」
当然、反対する理由は李儒にはない。
董卓が話す通り、急な展開であることだけが、気がかりだったが・・・
「それでは、お引き受けいただくということでよろしいでしょうか?」
「受ける。儂がこの国の新たな天子だ」
この男、やはり一度目で食いついてきた。
これで、後は宮中に誘い込むだけだ。
士孫瑞や黄琬には伝えていなかったが、董卓の命を絶つ場面に貂蝉も立ち会わせてあげたいと王允は考えていた。
「その禅譲の折ですが、相国さまは天に選ばれた勇者。我が養女に奉納の舞でご祈祷奉りたいのですが」
「貂蝉か・・・」
あの娘とは色々あったが、最終的にはすべての疑いを晴らしている。
ここらで、冷遇を解いてもいいかもしれない・・・
何より、演舞に関しての技量は、董卓の知る限り、彼女が一番だ。
「良かろう」
董卓は、そう言って、王允の提案を認めるのだった。
それでは、吉日を選んで禅譲の儀式を執り行う旨、伝えて、王允は董卓の前を辞す。
帰り際、奉納の舞の打ち合わせで、貂蝉への面会の許可をもらうと、中庭で王允は待った。
董卓以外の男子は、基本、後宮に入れないのだ。
待っていると、ほどなくして貂蝉が現れる。
王允は、人目を気にしながら、貂蝉に耳打ちすると、
「本当ですか?」
「ああ、最後の舞だ。しっかりと頑張りなさい」
「はい」
貂蝉は喜んで、王允の手をとる。
はた目には、大役に喜ぶ舞姫に見えるが・・・
柱の陰で、その様子を見ていた者がいる。
それは歌妓の卞だった。
『最後の舞?』
何か意味深な言い方ね・・・
卞は、二人に気づかれないように、そっと、その場を立ち去るのだった。
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