第28話 新旧調和
長安より西、二百五十里離れた
城壁の高さは長安と同じく十丈もあり、貯えられた食料は三十年分。
董卓は国を平定したのち、この難攻不落の城で余生を楽しむつもりだった。
その郿城の御殿において、李儒は主である董卓に、ある進言をする。
「袁紹と公孫瓚が争っているのはご存知でしょうか?」
「うむ。馬鹿な奴らよ。ほんの少し前までは儂を倒すと息巻いておったのに、もう仲間割れとは笑いが止まらんわ」
確かに馬鹿な行為と李儒の目にも映るが、懸念事項もあるのだった。
「ここで、どちらか一方が勝った場合、その者が幽州、冀州、青州を制し一大勢力になる恐れがあります」
「・・・確かにな」
「我々としては、一人の強者より複数の弱者の方が与しやすいのです」
以前のような規模の連合軍が、そうたやすく結成されるとは考えにくく、単独で対抗できる勢力が登場しない限り、董卓の天下は続く。
「何か手はあるのか?」
「はい。幸い戦況は膠着状態。天子の名を使って停戦を命じるのです」
すると、両者は、その勅に飛びついてくるとのこと。
それは妙案。董卓は、早速とりかかるように指示した。
「儂は私怨による争いは好まん。・・・世間にそう喧伝しろ」
どの口が言うのかと思われるが、李儒は表情を崩さず、
「御意」と応えるのだった。
公孫瓚のもとに朝廷からの勅が届く。
即時、袁紹と和解、停戦せよとのことだった。
本当に献帝からのお言葉か疑わしかったが、勅は勅。
従わないわけにはいかない。
折しも袁紹との戦いが泥沼化の様相を呈していたため、従う方に利があったのも事実だった。
袁紹の方も長期化する戦いは好ましく思っていなかったため、双方、兵を退くということで合意する。
こうして公孫瓚は自分の領地へと引き上げていくことになった。
そうなると劉備一家も界橋を離れ、平原国に戻ることになる。
その際、趙雲が劉備にともに連れて行ってほしいと申し出てきた。
「長兄、趙雲殿は一門の将。この申し出を受けるべきかと」
「ああ、こいつの強さは俺も認めるぜ」
張飛が少し拗ねたように言うのだが、これには理由があった。
麹義を倒し、文醜をも追い払ったという趙雲の実力を本物かどうか試してやると、張飛が模擬試合を挑んだのだが、あっさり一本、取られてしまうのだった。
趙雲の風体に油断していた張飛が悪いのだが、その実力が本物であることは立ち会った劉備や関羽も知るところとなる。
「趙雲殿、あんたの申し出は嬉しいし、できれば主従の契りを結んでほしい」
「ええ、喜んで」
その言葉に趙雲は無上の喜びを感じる。
しかし、劉備は言葉を続けた。
「その上で、厚かましいお願いだが、伯珪殿を助けてやってほしい。袁紹との抗争がこの後、完全に落ち着くまででいい」
趙雲はともに行動できないことを残念がるが、劉備の言葉を主命ととらえる。
「分かりました。それがご命令とあらば、この子龍、微力を尽くさせていただきます」
公孫瓚には事情を話して、今後も客将として趙雲が残ることを伝える。
趙雲が自分への仕官を断り、簡単に劉備についたことに複雑な思いをはせるが、劉備が人を惹きつけるのは昔からのこと。
かくいう自分も劉備に魅了されている一人であるため、割り切ることにした。
何にせよ、趙雲という豪傑が残るというのだから、文句をいうところではない。
公孫瓚、劉備ともに冀州から引き上げることにより、界橋の戦いは終結することになるのだが、この戦いには思わぬところで余波が生まれた。
袁紹との争いが膠着状態となった時、打開するために公孫瓚は袁術と手を組んだ。
その情報を掴むと、今度は袁紹が
袁術は荊州の
両者の間に荊州の覇権をめぐる争いが生じたのだ。
この争いにもともと袁術と同盟関係にある孫堅も巻き込まれることとなった。
「兄上、本当に袁術の話にのるおつもりですが?」
孫堅の弟、
「袁術に対して、思うところがない訳ではないが。・・・盟約を持ち出されれば動くしかないだろう」
「しかし・・・」
食い下がる弟の肩に手を置くと、
「それに劉表は荊州の統一を望んでいるという。ということは遅かれ早かれ、我が
早めに叩く方がいいと、孫堅は言う。
孫堅が言うことは理解できるが、一抹の不安を覚える孫静だった。
「もう言うな」
いつものように兄の笑顔に、ほだされる。
孫静は仕方なく納得するのだった。
「父上、このたびの戦、この
孫静について来ていた息子の
「うむ・・・後ろの
孫策の後ろに控えていた
孫策と同い年のこの少年。孫策とは義兄弟の契りを結んでいる。
孫策は覇気があり行動力に富んでいる。一方、周瑜は聡明で年の割に思慮深い。
なかなかよい組合せだった。
孫堅は二人の将来を非常に楽しみにしていた。
「わかった。二人ともついて来い」
参陣を許されて、喜ぶ二人。
「だが、俺のいうことはちゃんと聞けよ」
しかし、すぐに釘も刺された。
孫堅は戦の準備が整うと、長沙郡を出立し北上する。
めざすのは劉表の拠点、南郡の
袁術のいる南陽郡を経由して、
わざわざ遠回りしたのは、
樊城を守るのは
劉表家臣団の中でも重用され、高い地位にある武将だった。
「さて、敵は城の中に立て籠っているようだが、どう攻める?」
孫堅は、樊城の近くに陣をはり、今後の戦略を話し合った。
「黄祖は傲岸にして短慮と聞きます。挑発して野戦に持ち込めば我が軍の勝利は間違いないかと存じます」
声を出したのは、今回が初陣の周瑜だった。
「公瑾か。作戦はいいとして、どのようにして挑発する?」
「そこは私と伯符にお任せください」
二人で、すでに打合せ済みなのか、孫策も自分の胸を叩き、目を輝かせている。
なんとも頼もしい限りだ。
二人の若者を、ジッと見ていると、
「殿、戦前に涙は不吉です」
程普に言われるまで、自分が涙を流していることに気づかなかった。
息子の成長に涙腺が緩んでしまったようだ。
孫堅は歳はとりたくないものだと苦笑いをする。
「それでは、明日、黄祖を誘い出し一気に決着をつけるぞ」
応という声とともに軍議は終了した。
白い装束を纏った美しい少年が一人、樊城の前に現れた。
樊城を守る兵たちは、何事かと注目すると、その少年は
その美しい音色に聞きほれていると、今度は赤い衣装を纏った少年が登場した。
その少年は両手に剣を持ち、月琴の旋律に合わせて剣舞を舞う。
黄祖兵が二人の芸術的舞踊に見とれていると、いつの間にか孫堅軍が、宴会を始めていることに気づく。
そこに城兵たちが騒いでいる様子を聞きつけた黄祖が城郭まで出てきた。
黄祖の目には、少年たちの余興を楽しむ孫堅軍が映る。
・・・余裕を見せやがって。
「矢を射かけろ」
黄祖の命に従い、城壁から一斉に矢を打つが、赤い少年が両手の剣ですべて打ち落としてしまった。
赤い少年の動きに合わせて、月琴の旋律も激しくなっていく。
「今のは、矢か?」
「いや、羽虫の間違いだろう」
孫堅軍の中で黄祖軍への嘲笑と少年たちへの拍手喝采が起こった。
そして、籠を持った者たちが少年を取囲むと黄色の布切れを宙に撒く。
いつの間にか赤い少年は両手に松明をもっており、宙を漂う布に火をつけながら舞を続けた。
すべての黄色い布が焼け落ちると、煙の中から『黄』と書かれた旗が現れる。
そこに孫堅が登場し、
「黄祖、恐るるに足らん」
そう言って、旗に火をつけるのだった。
それで孫堅軍は、大盛り上がりである。
もちろん『黄』は黄祖の旗。
黄祖は城郭のへりを叩いて、悔しがる。
「奴らを皆殺しにしろ」
樊城の門が開き、黄祖兵が突撃してくるのだった。
「よし、つられたぞ」
赤い少年、孫策が両手の松明を捨て、槍を持つ。
白い少年、周瑜は月琴を抱えて後方に下がり、入れ替わって、程普、黄蓋、韓当、孫堅の腹心たちが前線に出た。
作戦通り、野戦に持ち込むことができた孫堅軍は、準備万端、黄祖兵を迎え撃つ。
黄祖はまず、先鋒に部下の
二人とも
ところが、勇んで躍り出る陳生は孫策に見つかると、あっという間に槍の錆にされる。
陳生がやられたのに気を取られた張虎も韓当になす術もなく討ち取られるのだった。
二将が瞬く間に倒されて、孫堅軍がこちらに向かっているのを認めると、分が悪いと黄祖は、早くも退却を始める。
しかし、樊城までの行く手を周瑜が率いる隊が塞ぐので城に戻ることができなくなってしまった。
仕方なく、黄祖は漢水を渡河して襄陽城に逃げ込もうしたところ、黄蓋に捕らえられてしまう。
こうして樊城を制し、緒戦は孫堅軍の圧勝で終わるのだった。
「二人とも、よくやったぞ」
孫堅は、作戦を成功させた孫策と周瑜を褒める。
二人は拳を合わせて喜んだ。
韓当や黄蓋も活躍した。
若者と古参の将たちの調和が見事にとれており、孫堅軍は今、最強の状態ではないかと、孫堅は自負する。
「襄陽城を制し、力をつけた後は・・・・董卓、お前の番だ」
西の空を見上げ、孫堅はそう誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます