第23話 虎牢関の闘い

虎牢関ころうかん


洛陽の東に位置する関所で、北に黄河、南には険しい山々が立ち並び、都を目指すには必ず通らなければならない要所だった。


漢の都、洛陽を防衛するための重要施設だけあって、虎牢関は非常に堅牢。

高さ五十丈にも及ぶ城壁は、いかなる攻城兵器をもってしても攻略は不可能だった。


この難攻不落の関所に、呂布奉先が守将として配置されていた。

その呂布の前に、滎陽県から退却してきた徐栄が現れる。


「なぜ、兵を退いた?」

「なぜ?あのままでは私は挟撃を受けてしまう。そうなったら、いたずらに兵を損失してしまったでしょう」


徐栄は戦略上の撤退だと主張した。ところが、そんな言葉は呂布には通じない。

「ふん。そうなったら、俺が出撃して、今度はこちらが孫堅を挟撃できた」


確かにそうであるが、徐栄軍が挟撃されることに変わりはない。

呂布は勝てるだろうが、自分が生き残れるかは疑問である・・・


「命惜しさに退いた弱将はいらん」

「なっ」


呂布は、避ける間もない方天画戟の一突きで、徐栄をほふってしまった。

徐栄についてきた他の将たちが色めきたつが、呂布のひと睨みで黙ってしまう。

「殺されたくなかったら、俺について来い」

そう言うと、撤退してきた五千の兵を率いて、呂布は虎牢関から出撃するのだった。



徐栄が撤退したため、反董卓連合軍は虎牢関の近くまで駒を進めていた。

その陣営の中で、盟主の袁紹が激しい怒りにうち震えている。


洛陽にいた叔父である太傅たいふ袁隗えんかいが董卓によって殺されたのだ。

また、見せしめとして袁隗だけにとどまらず、袁家に連なる者、三族すべてが処刑される。


一族の無念を胸に、

「大恩ある叔父上の霊前に董卓の首をささげる」

袁紹は諸侯の前で、そう誓った。

そこに、「呂布の軍勢が現れました」との報告が入る。


「弔い合戦の先鋒は我が配下、方悦ほうえつにお任せください」

呂布出陣と聞き、河内太守かだいたいしゅ王匡おうきょうが進み出る。

方悦は河内では名将として名を馳せていた。呂布にも後れを取らないという自負があるのだろう。


袁紹は許可を出して、全軍を鼓舞する。

「呂布の武勇など、ただの噂にすぎぬ。虎牢関を抜いて、洛陽を目指すぞ」


応、というかけ声とともに反董卓連合軍は布陣を展開した。

その中で作戦通り、王匡軍が飛び出して、方悦が呂布に挑んだ。

ところが方悦は、呂布と五合と打ち合わないうちに突き殺されてしまう。


「むむ、ならば私の配下の穆順ぼくじゅんが」

上党太守じょうとうたいしゅ張楊ちょうようが声をあげる。

しかし、今度は一合も交えることなく穆順は馬から突き落とされてしまった。


さすがに呂布の強さは本物という認識が諸侯の中に広まる。

「何だ、連合軍と言っても相手にならん、雑魚ばかりではないか」

呂布の高笑いに、袁紹が歯噛みした。


「くそ、文醜ぶんしゅう顔良がんりょう、どちらかを伴ってきていれば・・」

地元の渤海に残してきた二人の猛者の名前を出して悔しがる。


そこに、「私の部下に鉄槌を扱う豪傑がおります。彼ならば・・」

北海太守ほっかいたいしゅ孔融こうゆう武安国ぶあんこくを推挙した。

孔融はかの有名な孔子の末裔。二十代目の子孫だった。


「では、お願いいたします」

袁紹は日ごろから親しく、尊敬している孔融の申し出を受諾する。

孔融の推挙だけあって、武安国も呂布相手に頑張るが、十合ほど打ち合ったところで右腕を切り落とされてしまう。


挑む者、挑む者、続けて敗れ連合軍は呂布、一人に追い込まれてしまった。

参謀の曹操は、夏侯惇もしくは夏侯淵のどちらかを出すべきか考えるが、呂布の強さに二の足を踏む。


「おいおい。本当に雑魚しかいないのか?・・・それとも俺が強すぎるのか?」

「呂布将軍、南方に砂塵が見えます」


報告があった方向に視線を送ると確かに砂塵が見えるが、よく見ると騎影の数は僅かだ。

「ふん、敵の援軍かと思ったが五百程度ではないか」

取るに足らないと鼻で笑う。


袁紹も予想外の援軍と思ったが、ぬか喜びに終わり、肩を落とした。

だが、遠目に『劉』の旗を認めた曹操は、かすかに希望を持つ。

もしかして、あの一団は・・・劉備か?


「本初、もしかしたら、呂布が退却するかもしれない。追撃の機を逃さずに見計ろう」

「何を根拠に言い出すんだ?・・・む、何だ?」


曹操の言葉が信じられない袁紹だったが、他の諸侯たちが戦場を指さしているので、そちらに目を移す。

見れば、現れた軍団から、単騎、駆け出して呂布に挑む男がいた。


また、どうせすぐ呂布にやられるだろうと高をくくっていた袁紹だったが、最初の一合目の打ち合いを見て考えを改めた。


得物同士が強烈に打ち合うと、呂布が後方に下がったのだ。

呂布が乗る馬は名馬、赤兎馬。

呂布にも油断はあったが、その赤兎馬ごと下がらせたのは驚嘆に値する。


「あの豪傑は誰だ?」

「劉備殿の義弟、張飛殿だ」


袁紹の問いに曹操が答えた。

・・・孟徳の自信の根拠はこいつか?

諸侯は固唾かたずをのんで、二人の対決に見入るのだった。



最初の一撃を交わし合った後、呂布の首元にある黄色い襟巻を確認すると、張飛は、

「てめぇが、親父の仇だな!」

と、吠えた。


「殺した相手のことなど、いちいち覚えていない。仇と言われてもわからんぞ」

初撃は油断したが、二合目からは難なく受け止める。

卓越した槍さばきに、張飛も致命傷を与えることができない。

しかし、それは呂布も同じこと、一進一退の闘いはしばらく続いた。


并州へいしゅうの林道でのことを覚えていねぇのか?」

「并州となるとかなり前だな」

「・・・五年前だ」


お互い必殺の一撃を繰り出しながらの会話。

達人の域にある二人だからできる業である。


「ああ、あのしみったれた親父か?・・・たしか肉屋だったな」

「それだっ。・・痛っ・」

呂布の一撃が鋭く、張飛のほほをかすめた。

しかし、怯むことがなく張飛は呂布の肩をかすめる一撃を打つのであった。


「お前は親父の護衛だったはずだ。・・・それをなぜ!」

「・・ただ、運が悪かったのさ。護衛の契約は五日間」

「運・・だと」


方天画戟と丈八蛇矛がお互いの顔の前でぶつかり合い、呂布と張飛、睨み合う距離が近づく。


「大雨で旅の行程が二日遅れた」

「・・・それが、どうした」


「途中で契約が切れたのよ。その時、目の前に不用心にもお前の親父おかねが転がっていた。・・・それだけのことよ」

呂布が力、いっぱい得物をはじくと、張飛の体勢が崩れた。


「てめぇ。・・・ゆるさねぇぞ」

「許すも許さぬも、お前はここでお終いだ」


呂布の一撃が張飛の脳天めがけて振り下ろされる。

ガキン。という金属音が鳴ると、方天画戟を関羽の冷艶鋸が受け止めていた。


「益徳よ。怒りで心が乱れすぎだ。・・・いったん、下がっておれ」

関羽が張飛の前に入り、呂布と正対する。


「何だ、お前は?」

「この益徳の義兄、関羽雲長。・・・参る」

そう言うやいなや重い強烈な一撃を放つ。


「なっ」

呂布は受け止めることができたが、危なく方天画戟を離してしまうところだった。


「・・・何なのだ、お前ら、次から次へと」

「私もお主の所業に怒りを覚えている。・・・手加減はできぬぞ」


そこから、天地が割れるのではないかというほどの激しい打ち合いが続く。

五十合、百合と続いてもなお決着がつかなかった。


「さっきから、契約、契約って。・・・今度は俺と契約してみないか?」

「誰だ、お前は?」

「この二人の長兄。劉備玄徳さ」


劉備が出てきたところで、関羽は下がった。

二人の対話を優先させる。


「劉備・・・知らんな・・・それでは、お前は俺に何を出せるんだ?」

劉備はよく聞けよと胸を反らしながら、

「民の笑顔」と、満面の笑みを浮かべる。


呂布は一瞬、あっけにとられた。

「ふざけるな!」

「え、だめ?・・講釈師の話なら、ここで拍手喝采だぜ」

「この道化者が」


呂布が劉備を狙って、一撃を放つが張飛が代わって受け止める。

「弱いんだから、出てくんなよ」

「・・でも、十分休めただろ。・・・今度はぬかるんじゃねぇぞ」

「ああ、分かっているぜ」


気力、体力が十二分に回復した張飛の怒涛の攻撃が始まった。

呂布は防戦一方で、攻撃に移ることができない。

さすがの呂布もこの連戦は体力的に厳しくなってきた様子だった。


「おい、益徳の次は、また休んだ雲長が控えているかならな」

「くっ。・・・卑怯な」


まだ、余裕はあるが、このままでは・・・

呂布に焦りの表情が浮かぶ。


「卑怯?・・ふざけるなよ。義弟の親父さんを殺しやがって・・・楽に死ねると思うなよ」

「くそ。・・・貴様らの顔と名前は覚えたからな」


そう言うと、呂布は赤兎馬を全力で駆って、退却するのだった。

張飛と関羽は、呂布を追うが、赤兎馬の脚には追いつくことはできない。


「ちくしょう」

「まぁいい。周りを見てみろ」

関羽に従い、周りを見回すと、何の号令もなく呂布が退却したので、収拾がつかず董卓軍が浮足立っているのだ。


呂布の退却に勝機を見つけた曹操は、

「本初、いまだ」と告げる。

「うむ。・・・・全軍、突撃だ」


袁紹の指示のもと、反董卓連合軍の攻勢が始まった。

董卓軍の五千があっという間に飲み込まれる。

呂布についてきていた副将の趙岑ちょうしんが張飛に討たれると勝負がつき、あっけなく全滅するのだった。



虎牢関についた呂布は椅子を蹴り上げ、大いに荒れた。

「くそ。あの三兄弟め」

腰に帯びていた剣も振り回すので、誰も近づくことができない。

そこに剣先を躱して、呂布の前に膝まづく男がいた。


「将軍。次は、私も一緒に出ます」

文遠ぶんえんか」

張遼文遠ちょうりょうぶんえん

呂布の配下にあって、唯一、呂布が背中を預けてもいいと思える豪傑だった。


「わかった。お前がいれば・・・一対一となれば遅れはとらん」

受けた屈辱は必ず、返してやる。

呂布は、そう誓うのだった。

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