第12話 蒼天は続く
冀州鉅鹿郡広宗県での戦い。
劉備の予想通り、董卓の代わりの将が派遣されることになる。
それは、皇甫嵩左中郎将だった。
皇甫嵩は、兗州東郡において
その余勢をかって、広宗の張梁と対峙していた。
劉備一家が皇甫嵩のもとを訪ねると、意外と好待遇で驚く。
長社の戦いでの功が効いているのか、盧植の件についても力になると励ましてくれた。
広宗の張梁軍が意外と精強だったことも一因では?と、
簡雍が言っていたが、いずれにせよ、劉備には曹操に次ぐ席が与えられ、軍議に参加するのだった。
「敵の総本山近くとあって、さすがに手強くてね」
隣の曹操が劉備に話しかけてきた。
正直、手を焼いているとのこと。
この切れ者をして、そう言わしめるのだから、ここの黄巾党は相当強いのだろう。
「何かいい作戦はないのか?」
「ないな」
これは、長期戦になると覚悟したところに、
「君たちが来るまではね」
と、つけ加える。
好待遇が気持ち悪かったが、そういうことか・・・
劉備は長いため息を漏らすのだった。
天然の要害。
それは、攻めも守りも同様のため、お互いに被害、僅かな消耗戦を繰り返していた。
打開するには、一点突破できるほどの推進力が必要とのことで、白羽の矢が立ったのが劉備の義弟、関羽と張飛だった。
しかし、さすがの豪傑、二人であっても普通に戦っては、兵の厚みは突破することができない。
そこで、今回は夜通し戦い、相手の疲れを待って、体力を温存した部隊での強襲を計画したのだった。
戦は朝から始まり、日が沈んでも官軍の思惑通り戦い続けた。
いつもであれば、すでに撤退していてもおかしくない。
黄巾党は官軍の行動をいぶかしんだが、相手が引かない以上戦うしかない。
そして、朝日が昇り始めた時に強襲作戦は決行された。
「どけどけどけぇー」
張飛の
張飛、関羽を先頭に劉備一家が密集する黄巾党の一団に突っ込んだ。
同じく、曹操の一軍も突入する。
曹操の配下、すでに面識がある夏侯惇と、もう一人、同族の
曹操曰く、この二人も腕に覚えがあるが、確実といえるだけの自信がなかったため、この作戦は実行しなかったとのことだった。
関羽と張飛が加わっただけで、絶対の自信を持つとは、義弟二人の評価は高いようだ。
しかし、よくこんな弱小勢力のことを・・・
それほど自分たちは警戒されているのだろうか。
劉備が考えごとをしている内に、曹操の想定通り、四人の豪傑で道を作ることができた。
「
曹操の指示に従い、陣形を整える。
一日、温存された騎馬隊の突破力は、凄まじく、開いた口を無理やり広げた。
疲労困憊の黄巾党では相手になるわけもなく、官軍の牙は張梁にまで届くのである。
まさに電光石火の一撃だった。
「張梁、討ち取った」
曹操の声が戦場に響きわたると、戦局が定まった。
張りつめていた弦が切れたかのように黄巾党の抵抗が弱くなったのだ。
劉備、曹操で敵本陣を制圧すると、皇甫嵩もやって来た。
「でかしたぞ」
かなり上機嫌である。
これで残すのは、張角と張宝の二人である。
そこに捕虜からの情報で、張角の所在が分かった。
ここより、数理離れた庵に一人で住んでいるという。
黄巾党の首魁がなぜ、そんなところに?
という疑問はあったが、狂信的な教団の教祖の考えなど分かるわけがない。
皇甫嵩は、そう断言すると事後処理のための人を残し、僅かな手勢を率い張角の庵へと向かった。
劉備も従軍の許可をもらう。
『途中で憲和のやつを拾った方がいいな』
劉備は張飛を使いに簡雍も呼ぶのであった。
「ここか?みすぼらしい小屋だな」
張角が住むという庵に着いた、皇甫嵩の第一声だった。
皇甫嵩の配下が乱暴に庵の戸を開ける。
しかし、中には誰もいなかった。
「逃げたか?」
皇甫嵩は舌打ちをする。
すると、裏庭から声がした。
「墓があります」
「何!」
皇甫嵩は急いで駆け出した。
劉備も続こうとすると、簡雍が袖をつかむ。
何事が思いつめた表情をしていた。
「掘れ」
皇甫嵩の命令で墓が荒らされると、土の中から棺が出てきた。
その棺の中には、男の遺体が横たわっている。
その遺体は一目で高位な身分とわかる衣装を纏っていた。
「どう思う?」
皇甫嵩が曹操に問いかけた。
「恐らく、張角で間違いないかと」
その言葉に皇甫嵩は高笑いをする。
「何だ。敵の首領は死んでいたのか。手間が省けたわ」
そして、遺体を運ぶように指示するのだった。
皇甫嵩の配下が棺を掘り起こし、土の上に置いて一休みしていると、
「こちらにも墓碑があります」
李の木の近くに、小さな墓碑を発見したのだ。
「何?」
皇甫嵩がその墓碑に近づこうとすると、
「大将、止めて下さい」
簡雍が悲痛な表情で劉備に頼み込んだ。
こんな簡雍を見るのは初めてだった。
なぜ、こんなに必死なのか理由はわからないが、
「任せておけ」
劉備が皇甫嵩の前に立ちはだかる。
「何だ。どけ」
「いいや、どかないね」
劉備の後ろに関羽、張飛もいるため、皇甫嵩といえど無理に押し通ることができなかった。
「そのお墓は李明さん。張角の妻となるはずだった人のお墓です」
簡雍の言葉に、
「ならば、黄巾党の関係者だろう」と、皇甫嵩が息巻く。
「いえ、黄巾党を作る前に亡くなっています」
「むぅ・・しかし」
皇甫嵩は判断に迷っているようだ。
「なぜ、そのようなことを君が知っているかはとりあえず置いておいて」
そこに曹操が割って入って来た。
「この国には連座という法があるのは、君も知っているだろう」
「そうだ。連座だ」
曹操の助け舟に皇甫嵩が嬉々とする。
「これだけの大きな反乱だ。すでに亡くなっているとはいえ、その妻を放置することはできないだろう」
理は曹操にある。
簡雍をもってしても説き伏せるのは無理だ。
次の句が出てこなかった。
「ああ、そういうのはいいから。俺が駄目だっていうもんは駄目なんだよ」
すると、劉備は平然と無茶苦茶なことを言い始める。
「張角の遺体は手に入れた。それをさらせば、黄巾党の気勢はそがれる。残る張宝も討つことは簡単だろう」
遺体をさらせばという言葉に簡雍は目を伏せたが、そこは譲歩するしかない。
「このままいったら、あんたは乱を平定した英雄だ。その英雄さまが女の墓をあばいて、喜んだとあっちゃ、後世まで汚名が残るぜ。いいのかい?皇甫嵩左中郎将殿」
「貴様・・」
皇甫嵩が興奮して、劉備に歩み寄ろうとするのを曹操が止める。
後ろに関羽と張飛が控えているのだ。
せめて、夏侯惇もしくは夏侯淵のどちらか一人でも、ここに連れて来ていれば対処の仕方があったが・・・
戦後処理のために残してきたのが悔やまれる。
「ここで、後ろの二人に暴れられては、我々の方が全滅する可能性があります。短慮だけは控えて下さい」
「くっ・・・」
皇甫嵩を抑えていた曹操が劉備に向き直る。
「君という人間が理解できない。そんな不当な理由で逆らえば、どうなると思う?」
「そんな先のことなんて、これっぽちも考えてないね」
「では、言い方を変える。何故、こんなことをするんだ?」
曹操の言葉に鼻で笑った。
「どんなことでも家族の願いだ。応えるに決まってるだろ」
「すべてを失ってもか?」
「天秤にかけるまでもないね」
簡雍がうつむいて震えた。
劉備と曹操の睨み合いが続いたが、途中で曹操が諦める。
「残念だ。私は君を評価していたのに」
「そいつは、本当に申し訳ない」
曹操は皇甫嵩に膝をおって進言した。
「この劉備という男、このたびの黄巾の乱において、義勇兵ながら多大な功績をあげました。その功と引き換えに、ここは引き下がりましょう」
「・・だが・・」
「戦果としては、張角の遺体で十分です。あの男の言うことは無茶苦茶ですが、ご婦人の墓を暴くという行為は、確かにいらぬ不評を招く可能性があります」
曹操に説得され、皇甫嵩はしぶしぶ引き下がることとした。
「俺たちがいなくなってから、戻ってくるとかなしだぜ」
「それはない。曹操孟徳の名にかけて誓おう」
皇甫嵩たちが張角の遺体を運んで引き上げると、簡雍がその場に崩れ落ちた。
「すいません。私のわがままで・・・」
「気にすんな。お前の願いは、俺の・・俺たちの願いだ」
関羽と張飛が簡雍を立ち上がらせる。
「それじゃ、俺たちも帰るか」
「はい」
その後、
わずかな小部隊は残ったが、それも官軍に各個撃破され、黄巾党の勢力は弱く、次第に小さくなっていく。
こうして、例のない大規模な反乱は終息し、戦功あった者は次々と高い官位についていった。
そんな中、劉備は皇甫嵩に逆らい功績を失ったとはいえ、朱儁からの言もあり、
といっても、片田舎の警察署長程度の役職であったが・・・
皇甫嵩に逆らったことが張世平の耳にも伝わり、援助も打ち切られた。
思い通りいかないことが多い。
しかし、劉備は悲観に暮れているわけではなかった。
無位無官時代よりは、前進していることは確かだ。
関羽、張飛、簡雍というかけがえのない仲間との絆も間違いなく強くなっている。
今は、それで充分だった。
劉備は与えられた自宅から、表に出ると、天に向かって、大きな伸びをする。
「うん、今日もいい蒼天だねぇ」
空には雲一つない、青空がどこまでも続いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます