第9話 城攻め
長社の戦いで勝利した官軍は、その勢いにのって
ここで、官軍は二手に分かれる。
皇甫嵩は
劉備一家は朱儁に従軍し南陽郡の
「城としては大きくありませんが、守将が四人いて、東西南北をそれぞれ担当しています」
簡雍が劉備をはじめ、関羽、張飛に状況を説明している。
「それぞれが独自に動いているのか?」
「いえ、総大将として
「結構、やっかい?」
劉備の問いかけに関羽が答えた。
「張曼成という男、以前に会ったことがありますが、なかなか小知恵が回る男でした」
「頭いいのね」
「まぁ、朱儁右中郎将が、どんな作戦を立てるか次第で、私たちの役割も変わりますから」
「そうだな」
簡雍の言葉で、一家の軍議は終わり、翌日を迎えるのであった。
「宛県城の守りは意外と固い。四方を取囲んでもいたずらに兵を損失するだけです」
軍議を行うため、一際大きな天幕に諸将が集められた。
劉備も義勇兵とはいえ、長社の戦いの功もあり、一席与えられている。
中央には朱儁が座り、踏ん反り返っていた。
今は朱儁の部下より、作戦の説明がなされている。
「そこで、軍を二手にわけ、まず一軍で城を攻め敵の意識を集中させます。そして、残りの一軍で反対側から攻撃し城を攻め落とします」
作戦はいたって単純だが、悪くはない。
問題は、どちらの軍に編入されるかである。
「まず、助攻は北門を攻めます。頃合いを見計らって、主攻が南門を攻めます」
助攻というが単なる囮だ。
そんな役目、御免こうむるが・・・こういう時は・・。
「北門攻めを劉備殿にお願いしたい」
・・・ほら、やっぱりね。
「北門の守将は?」
「張曼成です」
簡雍が素早く答える。
「・・・やっぱりね」
義勇兵という立場は、官軍にとって都合がいいのだろう。
いいように使われるが、そこは割り切るしかないようだ。
劉備は立ち上がり承服する。
「承知しました・・・」
「見事な作戦です」
意を決した劉備の声が、もっと大きな声でかき消される。
突然、一人の男が天幕の中に入って来たのだ。
その男、体の部位、いたるところがとにかく大きい。
山中で出会ったら、熊と見間違うかもしれない。
「北門の守将は張曼成。あの男が守戦に忙殺されれば、他の将は連携がとれず南門を落とすことは容易いでしょう」
「おお、
朱儁が熊のような男に声をかける。
「もう怪我はいいのか?」
「はっ。この
早速、孫堅のために席が用意される。
朱儁の隣にどっかりと腰を下ろした。
「私が陣頭におりましたら、波才ごときに後れをとることもありませんでした。申し訳ございません」
「過ぎたことよ。もういい」
朱儁が嫌な思い出なのか、一瞬、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべるが、すぐに切替わった。
座った位置から考察するに、皇甫嵩における曹操のような立場なのだろう。
曹操孟徳。
あの冷ややかな視線を思い出し、劉備は身震いした。
「朱儁右中郎将、一つ、お願いがあります」
「何だ、申してみろ」
「私も劉備殿と同じく、北門を攻めること、ご了承ください」
そう言うと孫堅は劉備に視線をおくり、ニヤッと笑うのであった。
「しかし、官軍の若手将校は、癖の強い奴しかいないのかねぇ」
「
簡雍が劉備のぼやきに答える。
ついでに、
「大将も大概ですけどね」
うるさいよ・・・それにしても、虎ねぇ。確かに強そうではあるが・・・
「熊の間違いだとでも思ったかい?」
陣幕の入り口が開き、孫堅が現れた。
いい加減、突然、登場するのは止めてほしいものだ・・・心臓に悪い。
「いや・・・明日の打ち合わせでも?」
劉備が訪問の意図を確認する。
「それもあるが、大興山、長社・・・いずれも君の戦いの内容に興味がわいてね。一度、話してみたいと思ったのさ」
話し方が先ほどとまるで違う。
こちらが素なのだろう。
「大興山は、勢いと成り行き。長社は曹操騎都尉の指示通りに動いただけだよ」
「それでも武功を上げたのは君となっている。それは大切にした方がいい」
そういうものなのだろうか。
根っからの武官という訳ではない劉備には、分からない感覚だった。
「曹操騎都尉は、噂通りかい?」
「噂は知らないけど、あまり関わり合いにはなりたくないね」
「はっはっは。なるほど、まったく同意見だ」
孫堅が豪快に笑い、劉備の背中を叩く。
思わずむせ返ってしまった。
「あんたとは馬が合いそうだ」
君からあんたに変わった。
距離を縮めてくるが、曹操よりは、まだ付き合いやすいか・・・
「攻城戦の経験は?」
「残念ながら、ない」
劉備の言葉にびっくりする。
何をもって抜擢されたのかと思っているんだろうが、それは劉備自身も聞きたいことだ。
「それじゃ、明日は、攻城戦というものを俺が教えてやる」
「よろしく頼む」
「では、明日の勝利に」
孫堅に倣って、劉備も軍礼をとるのであった。
翌日、宛県城の攻城戦が始まった。
城から矢の雨が降り注ぐ。
攻める方は、
しかし、城から油がまかれ、火矢が浴びせられる。
雲梯車の何台かが焼かれてしまうのだった。
攻め手としては、なかなか苦戦していると言っていい。
すると、官軍の苦戦をあざ笑うために、城壁から、二人の男が顔を出した。
「我は張曼成。貴様らの作戦などお見通しよ。ここには我の他に普段は東を守っているこの
張曼成の高笑いが止まらなかった。
「どこかの馬鹿が笑っているな」
「え?何、これ、いいの?」
劉備は孫堅の言葉など耳に入らず、自身がおかれている状況に困惑した。
何故なら、今、劉備は孫堅に連れられて西門の城壁前にいるからだ。
「昨日のうちに我らの作戦を黄巾党に流した。うまくいけば手薄になっているところから攻め落とせるってわけさ」
敵はもちろん味方にも気づかれないように少数精鋭で移動した。
劉備、張飛、孫堅、
その他、手勢は三十人ほどである。
「それで、これからどうする?」
「なに、単純なこと。城壁を登るのよ」
そう言うと孫堅は先頭をきって、城壁を登り始めた。
「おいおい。いいのかよ」
「いつものことです。・・これをどうぞ」
側近の韓当は、孫堅が一人で登りだしても気にもしていない様子で、劉備に先が鋭くなった棒を二本、差出した。
これを石垣の隙間に入れて登るようだが、基本的には先行している者が道を作ってくれる。
渡された物は予備らしい。
劉備は高い城壁を見上げた。
確かに人の気配は感じられないが大丈夫なんだろうか。
これがいつものことなら、本当によく怪我ですんでるものだ。
変なところに感心する劉備だった。
「長兄、行くぜ」
張飛に促され、劉備も城壁に手をかける。
「高いところは苦手だと言って、残っておくべきだったか?」
素直に孫堅についてきたのを少し、後悔する劉備だった。
張曼成の高笑い。
それを聞いて、赤面する男がいた。
「この程度の男を知恵者と思っていたとは・・・」
その男は劉備の義弟、関羽。
本来は、劉備の傍らに常にいるはずの男だが、その横には別の男が立っている。
隣にいるのは孫堅配下の
「まぁ、隊長の策に、はまったということです」
孫堅の策は確かに見事。
策だけではなく朱儁にすら黙って、作戦を変更する豪胆さはちょっと類を見ない。
「あ、門が開きそうですね」
どうやら、潜入に成功したらしい。
孫堅、劉備らの手によって、北門が開けられた。
一気に城へ官軍がなだれ込む。
それを見た張曼成が奇声のような大声をあげた。
「何故だー」
馬を進めながら、もう頼むから黙っていてくれ。
そう心から願う関羽だった。
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