第4話 序章・転移前 あるAFVについての雑談
四
2023年3月に東京で開催されている国際防衛装備展示会は、ウクライナでの戦争の泥沼化もあって各国から多くの企業や関係者がつめかけていた。
特に日本は、2012年の保守党による政権奪回後の国防関係のもろもろの方針転換によって防衛装備品の輸出に積極的になったこともあって、以来この種の展示会に多くの装備品見本やそのプロモーション映像を出展していた。
「これは、ラインメタルもGIATもかたなしですな」
「我々は常に最新の技術を求めて研究開発を続けてきました。その蓄積がこれです」
イギリスは国防省の関係者が、日本の三菱重工のブースで展示されている装備品の模型やプロモーション映像を前に、実に楽しそうな粘性のある笑みを浮かべていた。それに対する日本の防衛省の関係者も、あいまいな笑みを浮かべて内心をうかがわせずに相手をしている。
そして、そんな二人の視線の先では、ドイツ人やフランス人の武官らが、何かをこらえるかのように無表情になったまま流れる映像に見入っていた。
「つまるところロシアのクリミア併合で、ポーランド政府が自国の防衛に深刻な危機感を抱いてくれたおかげです」
「そして今回のウクライナ侵攻で、かの中欧の狂犬が復活することになる。いやいや、良い商機をつかまえられましたな」
「それは貴国も同様でしょう。ロシア軍が集結を初めた時点での、ポーランドとウクライナとの相互防衛協力協定の仲介。さすがは大英帝国と申し上げるしか」
100インチをはるかに超えようかという大型液晶ディスプレイの中では、濃緑色に塗装された試作戦車が、その性能を遺憾なく発揮してみせている最中であった。
砲塔前面のモジュール装甲が楔型のその戦車は、停止状態からはるか遠方の目標に向かって主砲を発砲している。
その日本製鋼所が開発した130㎜48口径滑腔砲は、10式戦車に搭載されている120㎜44口径滑腔砲をベースに開発された高腔圧砲であり、重さ10,6キログラムのタングステン合金製のAPFSDS弾の弾芯を砲口初速秒速1750メートルで発射可能であると解説されていた。
実際に動画の中では、2000メートル先に設置された、厚さ10センチのNATO標準均質圧延装甲鈑を10枚、30度斜めに傾け重ねて固定した目標に向かって射撃を繰り返し、40センチから50センチほどのばらつきで着弾させ、砲弾を貫通させていた。
「ラインメタルは130mm51口径砲を搭載した戦車を発表しましたが、この戦車の試験映像の前には、どんなセールストークも色あせてしまいますな」
「カタログスペックばかり盛って、実際のユーザーニーズに応えようとしないからでしょう。シリアでのレオパルド2A4の醜態は、手ひどく彼らの技術へのイメージを悪化させました」
シリア内戦に介入したトルコ軍のレオパルド2A4戦車は、反政府軍側の対戦車陣地に無策のまま突撃し、その大半を撃破され、破壊された車両の写真が全世界にネットで拡散されるという手痛いイメージダウンを受けていた。
なまじ各国の軍事評論家から「世界最強格の傑作戦車」と高く評価されていただけに、その黒焦げになった残骸の姿は、これまでの高い評価が反転するかのように地面にめりこむかのようなひどいものに変わってしまったのであった。
「三菱がPAGに、第三国輸出もふくめた大規模なライセンスを提供するとは、実に大盤振る舞いで驚きましたな。さて、貴国にどんなリターンがあるのやら」
「英国も、チャレンジャー3開発で我が国から多くのライセンスを獲得していると聞いていますが」
「なに、我が国は貴国のF-3戦闘機開発に全面的に協力しております。AFV関係はその余禄にすぎませんよ」
上映されている試験映像では、停止している試作戦車の正面に2両、左右60度斜めに方向に1両づつレオパルド2PL戦車が停車し、その120㎜砲で徹甲弾を次々と撃ち込んでいる。
砲塔正面防盾、左右の楔型モジュール装甲、車体正面、砲塔側面左右、車体側面左右、これらに5発づつDM63徹甲弾を約250メートル離れた地点から射撃したあと、ポーランド軍の戦車兵が三名、穴だらけとなった戦車に乗り込んだ。
そして、彼らがハッチを閉じてすぐに三菱製の12気筒4ストローク1800馬力ディーゼルエンジンが起動し、車体後部から排煙を吹き出しつつ急加速で発進した。穴だらけの試作戦車は、停車しているレオパルド2PL戦車をよけて別の射場に移動すると、砲塔を旋回させてその130ミリ砲を目標に向けて発砲した。
「それにしても、この戦車はすでに量産に入っているそうですな」
「はい。ポーランド政府は臨時予算をつけて、先行試作と称して50両分の契約をしたそうです。本予算がどうなるかはわかりませんが、二年以内に最低でも200両は製造するつもりだとか」
射撃の終わった戦車はその場で超信地旋回を行うと、射場後方の盛り土の上に油圧式サスペンションならではの転輪を下げて車体底部を持ち上げた姿勢で進入し、停止後に転輪を上げて車体を盛り土の上に着座させてエンジンを停止した。
今度は、レオパルド2戦車の車体を利用した戦車回収車が画面に登場し、続くトラックから多数の整備兵が飛び降りると、停車している戦車に駆け寄ってきびきびとした動作で作業を始めた。
まずはサイドスカートを外し、続いて履帯を外し、転輪を外し、車体側面をむき出しにする。そして砲塔正面と側面、車体正面と側面のモジュール装甲を手際よく外し、砲塔と車体を素の状態にしてしまった。
ここでカメラが、なめるかのように戦車の表面を拡大して撮影してみせ、合計すれば40発も撃ち込まれたAPFSDS弾が、外された装甲を一発も貫通していないことをはっきりと証明してみせた。
「ポーランドからウクライナへは、旧式のT-72のみならず国産のPT-91まで提供を開始したそうですが、さすがに気前が良すぎますな」
「とはいえ、今更第2世代戦車の改修型を後生大事に使い続けるわけにもゆかないのでしょう。ドイツが素直にレオパルド2PLの改修作業を進めていれば、三菱に注文が回ってくることもなかったわけですし」
続いて映像は、被弾した装甲や転輪を交換した試作戦車が、ポーランド陸軍が正式採用しているイスラエル製のスパイクLR対戦車ミサイルを次々と撃ち込まれる姿を流しはじめた。
正面と側面、少なくとも500メートル以上離れた位置から歩兵がミサイルを発射すると、まず砲塔側面の煙幕弾発射器が、車体全体をおおうようにフレア入り発煙弾を発射し、砲塔上面に向かって飛んでくるミサイルのシーカーをくらませて、あさっての方向に飛翔方向をそらさせる。
そして、発煙弾を撃ちつくしたところで撃ち込まれたミサイルを、砲塔側面後部に搭載されているアクティブ防御装置が迎撃し、戦車の上空にいくつもの爆炎を発生させた。
最後に発煙弾もアクティブ防御装置の擲弾も撃ちつくした戦車の砲塔上面に、合計で3発のミサイルが着弾し、砲塔を爆炎がおおう。
対戦車ミサイルの射撃が終了したあと、先ほどのレオパルド2PL戦車の射撃後と同じように戦車に搭乗員が乗りこみエンジンを始動させる。そして戦車回収車とトラックが現れ、多数の整備兵が戦車にとりついた。
砲塔上面のモジュール装甲を外したあとをカメラが撮影し、対戦車ミサイルのHEAT弾頭のメタルジェットに穿孔された穴どころか、傷跡すら無い姿を映したところで場面が切り替わった。
「そういえば、日本のType10戦車は、4両で14両のType90戦車を相手に完勝したそうですな」
「正確には、1両被撃破を出したそうですが、90式は全て撃破されたそうです」
「どのような魔法を使ったので?」
「この戦車にも搭載されていますが、あの車長ハッチ後方の車外視察装置、あれを遮蔽物の上に出して周囲を観測し、目標を捕捉したらその位置情報などの射撃に必要なデータをネットワーク上に流し、他の戦車がそのデータを元に砲塔を一瞬だけさらして射撃を行うというのを、何度も繰り返した結果だそうです」
「ふむ、まるでスナイパーとスポッターの関係を思わせますな」
防衛省の関係者が語ったように、液晶ディスプレイの中では2両の試作戦車が、地形の起伏を利用して交互に車長用車外視察装置をのぞかせては、もう片方の戦車が離れた位置に移動してから砲塔を起伏の上に出し、2秒で3発という自動装填装置ならではのバースト射撃を披露しては、はるか遠方の的を撃ちぬく妙技を披露していた。
また試作戦車が、路上路外関係なしに、前進、後進と全く速度を変えずに走り回り、蛇行しつつ主砲や砲塔内の機銃で射撃し、的を撃ちぬいている姿も映し出している。
「路上路外をとわず、前進後進の最大速度が時速70キロメートルとは。馬力の割にはつつましい数値では?」
「実際の戦闘速度は、60キロ以下を想定しているそうですね。それ以上速くしても、戦車兵の判断と操作が追い付かなくなるそうです」
「現代の戦闘機もそうですが、戦術判断を行う人間が乗り込む必要があるが、今度は人間の肉体的限界が兵器の性能限界となる。つくづく皮肉なものですな」
車長正面のディスプレイに映るドローンを、砲塔上面にすえ付けられているWKM-B12.7ミリ機銃搭載のリモートウェポンシステムが次々と撃墜してゆく映像や、砲塔後面から全長が軽く1メートルを超える130ミリ戦車砲弾が弾薬車から次々と自動で装填されてゆくシーンなどが映され、最後に三菱重工とPAGのロゴがでかでかと登場し、試作戦車の名称が表示された。
「PT-22「シウェツネ」、ポーランド語で「偉大な」という意味だそうです」
「なるほど、まさにNATO加盟国では最初に実用化された第四世代戦車にふさわしい名前といえるのでしょうな。この戦車の前では、ロシアのT-14もドイツのKF51もその偉大さの前にかすんでしまう、と」
英国人らしい含みのある言い方に、防衛省の関係者はあいまいな微笑みをうかべてみせるだけで何もコメントすることはなかった。
確かに映像でのデモンストレーションは派手ではあるが、実際のところ搭載されている技術の大半は10式戦車の開発時に実用化されたものばかりである。しかも、ネットワーク戦機能は、ポーランド側の要求レベルに従って10式で実用化されたものよりも簡素なものしか搭載されていない。
日本の貧弱な道路インフラという拘束条件が無ければ、10年以上前にこの程度の技術レベルの戦車を実用化できていた、ということを、彼はおくゆくかしく黙っていることを選択した。
この試作戦車PT-22の戦闘重量は58.7トンもあり、10式戦車開発時の要求事項であった「戦闘重量45トン以内」というしばりが、開発上どれほど厳しい条件であったかという話である。
そもそもこのPT-22戦車の開発計画の真価は、ロシア軍の「アルマータ」共通重装甲戦闘車両開発計画同様、戦車、自走砲、歩兵戦闘車、工兵戦闘車、戦車回収車といった重装甲が要求される戦術車両を、可能な限り部品を共通化させて開発する、というところにあるのだ。
戦車単体の性能以上に、エンジン、サスペンションをはじめとする足回り、FCSやネットワーク通信関係の電子情報機器、その他多くのパーツを共用できるようにすることでの兵站管理の負荷の低減をはかる事こそが、共通戦術装甲車両「シウェツネ」計画の真の価値なのである。
「で、貴国の最大の仮想敵である、人民共和国の新型戦車T-18は、どう評価されているのですかな?」
英国国防省関係者の質問に、防衛省関係者はためらいのない一言で答えた。
「10式にとっては、脅威にはなりえません」
「ふむ、T-14よりも堅実な設計で、その火力も防御力もほぼ同等と聞きますが?」
「つまりは、その程度ということです」
「大した自信ですな。過信とすら言えるやもしれない」
「そうかもしれません。ですが、我が国はいつでもPT-22のフルスペック版を製造可能ですので」
三菱重工も防衛省も、その最新技術の全てをポーランド軍の求めに応じて提供したわけではない、ということである。
ひとつにはポーランド側の予算や技術力の都合があるが、同時に日本人民共和国と冷戦時代から深い関係にある国に対して、最先端技術の提供をするわけにはゆかない、という事情があったのだ。
このPT-22の開発は、陸上自衛隊の次の主力戦車をはじめとする共通戦術装軌車両開発のエクササイズ、というのが日本にとっての真のリターンなのであった。
「とはいえ、英国に提供した技術は我が国の最先端のものです。そこはご心配なきよう」
「ふむ。植民地人にも同様に対応された、と聞き及んでおりますが」
「日米はそれだけ深く強固な紐帯でつながっている、ということです。当然、貴国との関係も同様、ということになりますが」
「これは嬉しいことをおっしゃる。いや、日本の方々に我が国の次世代主力戦車をご覧いただけないのが残念でなりませぬな」
粘性の高い笑みを浮かべた英国紳士の言葉に、日本人はあいまいな笑みを浮かべるだけで回答とした。
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