第2話 序章・転移前 東方から来た兵士達


 二


 ウクライナの首都キエフからわずか90㎞しか離れていない国境の、ベラルーシ側のロシア軍集結地点のキャンプは、泥靴に踏みにじられた泥まじりの雪の中に沈んでいた。あちこちにたむろしているロシア兵達は、泥と血に汚れた包帯を巻いている者ばかりで、その表情は昏くおせじにも士気が高いとは言いがたい。

 それも当然で、彼らは二月二十四日に始まったウクライナ侵攻においてこのキャンプからキエフ攻略のため出撃し、ウクライナ軍の奇跡的なまでの奮戦によって作戦目標たる首都キエフ攻略に失敗し、膨大な損害を出してここベラルーシ国内の集結地まで逃げ戻ってきたばかりなのである。

 そんな敗残兵のたむろする土地の一角で、日本人民共和国から派遣されてキエフ攻略に参加させられた義勇兵大隊の大隊長をつとめる本多・亜希・ロズィームナ陸軍少佐は、ロシア連邦軍第31親衛空挺旅団司令部からの呼び出しをうけ出頭する途中であった。

 樺太は大泊の自動車工場でライセンス生産されている小型トラックUAZ469の助手席で彼女は、隈のういた目で幽鬼めいた負傷兵の姿ばかり目立つキャンプ内に視線を巡らせつつ、運転手の大隊本部付き軍曹と雑談を交わしていた。


「同志軍曹、ホストメル空港から撤退するロシア兵のしんがりを任されて大隊の半数が失われたわけだが、今再出撃を命令されたとして、出動可能な兵士は何名になる?」

「はい、一個中隊70名ならば、なんとか」

「私が確認した数とほぼ同じだな。大隊本部要員も込みなら82名だ。さて、実質二個小隊半で何が出来ることやら」

「共和国とロシア連邦の連帯が確実なものであると証明するために、「勇敢な死に様」をクレムリンに見せつけるくらいはできるでしょう」


 本多少佐は、苦い笑みを浮かべて胸ポケットからつぶれた紙タバコのパッケージを取り出すと、一本抜いて軍曹に勧めた。


「ありがたく頂戴いたします、同志大隊長殿」

「何、こうしてくだらん話につきあってもらっている報酬だ」


 運転中で火をつけられない軍曹にかわってタバコにマッチで火をつけてやると、本多少佐は投げやりな口調で話を続けた。


「そういうわけだから、再出撃の命令は拒否する。私が軍法会議にかけられることになったら、同志政治士官の指揮のもと全員で大使館に逃げ込め。命令書は彼に預けてある」

「さすがにその命令に従うわけにはゆきませぬな。大隊全員は、同志大隊長殿と愛国者墓地まで進撃することで意見が一致しております。これは同志政治士官殿もご了承済みですので、あしからず」

「抗命罪で軍事法廷送りだ、莫迦者どもが」

「なに、これはいうところの「賢い不服従」という奴ですな」

「莫迦ばかりで頭が痛い。だが、まことにありがとう」

「光栄であります、同志大隊長殿」



 第31親衛空挺旅団司令部が置かれている民家で本多少佐を待っていたのは、戦死した旅団長に代わって旅団の指揮をとっている中佐と、この方面のロシア軍司令官の中将であった。

 ロシア人達の敬意のこもった敬礼に答礼しつつ、彼女はロシア軍司令官に到着を申告した。


「日本人民共和国義勇空中強襲大隊大隊長本多少佐、ただいま到着いたしました」

「楽にしたまえ、少佐。ご苦労だった」

「ありがとうございます、閣下」


 司令官である中将から椅子を勧められ、司令官と旅団長代行が座ってからその対面に腰をおろした本多少佐は、司令部の雰囲気が予想していたものと違っていて面食らっていた。


「今回のキエフの戦いで、貴官の大隊が示した敢闘と勇気に対し、我が旅団は心から敬意と感謝を示したい。ありがとう」

「過分なお言葉です、中佐殿。小官と大隊は軍人としての義務を遂行したのみに過ぎません」


 過剰はまでの賞賛に、本多少佐の警戒心は限度一杯にまで上昇していた。軍隊に限らず東側の組織では、過度な賞賛は続く無茶ぶりのまくらであるからだ。これはもう、ソ連時代から変わらぬ組織文化である。


「いや、キエフ前面から我々旅団の大半が無事撤退できたのは、貴官らの奮戦あってのことだ。旅団を代表して礼を言わせてくれ」

「光栄であります、中佐殿」


 旅団長代行からタバコを勧められ、本多少佐は感謝の言葉とともに未開封のそれを箱で受け取ると、封を切って一本抜きマッチで火をつけた。

 彼女が一服つけるのにあわせて自分達もタバコをふかした司令官と旅団長代行は、半分ほどが灰になったところで灰皿に押しつけて火を消し、言葉を続けた。


「さて要件だ。貴官らの勇戦敢闘は、我々も瞠目するものがあった。よってモスクワに叙勲を申請した」

「……勲章、ですか?」

「そうだ。大隊にクトゥーゾフ勲章、大隊長である貴官にはスヴォローフ勲章を申請した。近いうちにモスクワで授与式が行われる。おめでとう」


 司令部につめていたロシア軍人らが一斉に拍手をもって本多少佐をたたえる姿に、彼女は面食らった表情を隠すことに失敗した。

 そんな彼女の姿に中将は大笑いすると、従兵にウォトカの瓶を持ってこさせ、この場の全員にスズのカップをくばらせる。


「一個大隊で三個旅団ものウクライナ軍の追撃を向こうに遅滞戦闘を完遂し、友軍の円滑な後退を成功させたのだ。大統領閣下もお褒めになられたと聞く」

「過分なお言葉、身に余る光栄であります」

「まあ、負けいくさには英雄が必要で、そして貴官らが示した敢闘と、貴官のその美貌はちょうどよい宣伝材料になる、というわけだ。いや、貴官ら「ボストーツィ」が一個大隊ではなく一個旅団いたならば、キエフ攻略にも成功しただろうに。残念だよ、まったくもって残念だ」


 目の前に座る司令官である中将が、キエフ攻略の失敗の責任をとらされて更迭されることが決まったであろうことに、本多少佐はようやく思い当たった。

 共和国国防軍軍人の常として、ロシアに対してぬぐいがたい不信感があるのは、これはもうどうしようもない伝統的宿痾である。なにしろ日本人民共和国の建国からして、スターリンによる政治的意図があっての無理やりなものであったのだ。

 冷戦時代、「南」こと日本国とその宗主国たるアメリカ合衆国との対峙を義務付けられ、冷戦終了とソ連崩壊後もその立場が変わることはなかった。その歴史的経緯が、ロシア人は日本人民共和国に対して無理無茶無謀を要求してくるもの、という偏見を培わせたわけであり、否定的先入観があっても仕方がないのである。


「では、勇猛果敢な「ボストーツィ」に乾杯だ!」

「「「乾杯!!」」」


 やけくそじみたロシア人達のナリヴァイ! の声に唱和し、本多少佐はスズのカップに並々とそそがれたウォトカを飲み干した。

 久しぶりに喉を通る度数49度に達するアルコールは、実に苦い味わいであった。



 すっかり肌寒くなり街路樹の葉も散り始める秋も深まったある日、本多・亜希・ロズィームナ少佐は、日本人民共和国の首都豊原市の国防省陸軍次官の執務室に呼び出されていた。

 キエフ攻略失敗から後彼女らは、わずか二週間ほどで大隊の再編成を終わらせ、あらたに送り込まれてきた補充の共和国国防軍の義勇兵らとともに新編された日本人義勇旅団の指揮下に入れられて、ウクライナ東部のセヴェロドネツク攻略戦に投入された。

 そして消耗しきったロシア軍の弾よけとして常に激戦区に投入され、旅団は半壊するほどの損害を受けつつも、自らが受けた損害をはるかに上回る被害をウクライナ軍に与え続けることで世界中に「ボストーツィ」の勇名をとどろかせたのであった。


「凱旋おめでとう、同志本多少佐。同志らの勇戦敢闘は祖国の名誉を大いに高めた。人民を代表して感謝する」

「ありがとうございます、同志閣下。小官と大隊兵士諸氏がその義務を完遂できたことを誇りに思います」


 直立不動の姿勢をとって陸軍次官の賞賛に応えた本多少佐は、その碧い瞳から表情を消したまま彼の言葉を待った。

 そんな彼女の姿に軽くうなずいてみせると陸軍次官は、怜悧な美貌をほこる歴戦の将校を安心させるかのように表情を柔らかくした。


「党中央委員会は、この冬の間に義勇旅団を撤収させることを決定した。ロシア側は渋ったが、各種電子部品の供給を続けることを確約することで撤収を認めさせたそうだ」

「30万の予備役動員を行うとはいえ、よく我々の撤収をクレムリンが認めたものです」

「我が国からウクライナ軍への義勇兵の参加は絶対に許さない、今のところその約束は守られているし、これからも守られるだろう。そういうことだ」


 日本人民共和国は、太平洋戦争末期も末期、1945年8月8日にソ連軍が対日参戦し占領した樺太島南部、千島列島、北海道北部と東部の諸地域を領土として建国された人造国家である。

 スターリンは最初占領地域をソ連領土に編入するつもりでいた。しかし、急死したルーズベルト合衆国大統領の後任となったトルーマン大統領からの厳重な抗議と、アメリカ太平洋艦隊の北海道沖展開によってそれをあきらめざるをえなくなった。その代わりとばかりにソ連は、サンフランシスコ平和条約調印を拒否して、占領地に傀儡政権をうちたてたのである。それが日本人民共和国であった。

 そして、ソ連の太平洋側における政治的軍事的影響力の増大をねらい、再独立を果たした日本国が旧来の領土を奪回するべく戦争をしかけてきた時に対抗できるようにと、ロシア系、ウクライナ系、その他にもソ連国内の少数民族を強制移住させて多民族国家として建国させたのであった。

 とはいえ、第二次世界大戦で数千万もの国民を失ったソ連にとって、働き盛りの若い男性を多数移住させるのは大きな損失である。よってスターリンの命令を遂行するのと同時に厄介払いとして、対独協力者であった者や自由ロシア軍団に参加した者、反ソ連活動に参加した者等を送り込むことで、ソ連側の担当者は書類上のつじつまを合わせたのであった。ちなみに、満州地方や朝鮮半島でソ連軍につかまりシベリアに抑留されていた日本人も、共和国人民となるべく移住させられている。

 当然、そのような国をクレムリンが衛星国として信用するわけもなく、スターリン生存中は駐日ソ連軍司令官が事実上の行政責任者として統治をおこなっていた。

 本当の意味で日本人民共和国が独立したのは、1956年のスターリン死去とそれに続くフルシチョフ首相によるスターリン批判の後である。それは、1950年に勃発した北海道戦争においての共和国人民軍の勇戦敢闘が。ソ連上層部で高く評価されたからであった。

 同時に始まった朝鮮戦争で朝鮮人民軍は、国連軍の釜山橋頭保を陥落させて半島統一に成功している。その戦勝は、日本人民軍が北海道で駐日米軍のほとんどを引きつけ、さらには札幌市攻防戦で劣勢である国連軍へのテコ入れとして行われたアメリカ第一海兵師団による留萌上陸作戦を、JS3重戦車を装備するソ連軍義勇重戦車旅団と日本人民軍第1歩兵師団による反撃によって失敗させた結果としてであった。


「正直に申し上げてもよろしいでしょうか」

「構わん。この部屋は掃除済みで、そして同志の母方がウクライナから連れてこられたことも理解している」

「ありがとうございます。……正直、ロシア兵の蛮行を見るのは、苦痛以外の何物でありませんでした。あのまま戦い続けたならば、義勇旅団の同志全員が、ウクライナ側に立ってロシア軍に武器を向けたかもしれません」

「それは国防軍上層部も理解しているし、共感もしている。だからこその撤収だよ。ロシア人に影響されて、我が軍同志将兵まで蛮族に堕するのを見過ごすわけにはゆかんからな」


 ウクライナはブチャ市での民間人虐殺をはじめとする各地で行われたロシア軍の蛮行を意識したのか、侮蔑に顔をゆがめた陸軍次官がはき捨てた言葉に、本多少佐は感謝の意をこめて深く腰を折って一礼した。

 制帽を脱ぎあらわになっている冴えた月光を思わせる短く切りそろえられた金髪が揺れ、平均的な男性よりも上背のある歴戦の歩兵士官のその姿に満足気にうなずいた陸軍次官は、ようやく彼女を呼んだ本題に入った。


「さて、キエフ、セヴェロドネツク、リマンで同志が挙げた功績は実に大きい。ロシア側も随分な勲章をもって称揚してくれたからな。我が国も同志を「英雄」として扱わねばならなくなった」

「正直、ロシア人に褒められても、あまり嬉しくはないのですが」

「そう言うな。これも政治という奴だ。よって同志には義勇旅団長らと共に赤星勲章が授与される。あと、共和国英雄称号も、だ」

「プロパガンダとしてもおおげさでは?」

「なに、異世界で「勇者」なんぞやっていたのだ、大げさな賞賛は今更だろう。あきらめてくれ」


 陸軍次官の言葉に本多少佐は、心底嫌そうな表情をすることで自身の心情を吐露して見せた。

 日本人とポーランド人とウクライナ人の血が混ざりあって作り上げた彼女の怜悧な美貌がゆがむのを見て、陸軍次官はとうとうこらえきれぬ様子で笑い出した。


「さて、ここからは余談だが、おととし同志が東京で行った秘密作戦について覚えているかね?」

「はい、同志閣下」

「「女帝陛下」が、今年の4月に再度「南」に「来訪」した。今回は駐日アメリカ大使も交えての三者会談だ。その直後にワルシャワで、「南」と米英ポーランドで次官級の会談が行われている」


 陸軍次官は、表情を消すと抑えた声色で話題を変える。

 本多少佐は、この話こそが本当の要件であることを察した。


「幸いにして中共も朝労も今回は動かなかった。だが、「女帝陛下」の「来訪」以降、日米間の実務者協議が両国で頻繁に実施されている。それも外交分野のみならず、経済、軍事、文化あらゆる分野でだ」

「国家公安省はなんと?」

「連中の秘密主義はいつも通りだ。そして同志党中央委員長閣下は、すべての機関に軽挙妄動をつつしむように通達を出された。参謀本部第二部の同志らは、来年早々にワルシャワで、同志党中央委員の誰かと「南」の特使との秘密会談が行われる可能性が高い、と報告をあげてきている」


 チェチェン系とロシア系の混血である陸軍次官が能面のように表情を消してそう語る姿に、本多少佐はウクライナでの戦争以上の厄介ごとが持ち上がりつつある予感を覚えた。


「さすがに、南北統一、などという与太話ではないのですね?」

「その方がはるかにマシかもしれん。少なくとも「南」は、この10年で弾道弾防衛システムの整備や、敵本土縦深への打撃能力の向上にはげんでいる。我が国に降りそそぐ中共や朝労からの核ロケットの迎撃くらいは期待できそうだ」


 日本人民共和国と日本国の再統一をさまたげている最大の原因は、共和国がオホーツク海の三方を囲んでおり、ロシア軍の戦略核原潜のための「聖域」を提供している、というただその一点に尽きた。

 冷戦時代から今の今まで、日米の潜水艦隊がオホーツク海に侵入し情報収集を行おうとしてはロシア海軍と共和国海軍によって邪魔される、という光景が各国の軍事関係者にとって当たり前の日常風景となって久しい。

 それだけにソ連は、日米に対して自国の裏側で緩衝国家となっている日本人民共和国に対して彼らなりに気をつかっていたし、それはソ連崩壊後ロシア連邦に代わってからも変わることはなかった。日本人民共和国がいまだに社会主義国家として一党独裁体制を維持せざるをえないでいるのも、それが理由である。


「……祖国の民主化が、今度こそなしえるかも、と?」

「党官僚どもは、民主化について一斉に口をつぐんだ。今回のウクライナ事変は、まさに祖国の悲願の達成につながるのかもしれんな」


 西側各国が日本人民共和国に対して誤解していることの一つに、彼らが続けたくて一党独裁制社会主義国家をやっているわけではない、という点がある。

 そもそも日本人民共和国は、スターリンによって無理矢理作り上げられた人造国家であり、それゆえに社会主義も一党独裁も強制された制度なのである。当然、その制度によって利益を得ている者は多く、そしてそういう人間が権力者として共和国を運営しているわけだが、その権力者達こそが、自国の政治体制が腐敗し疲弊し限界に達していることを強く実感していた。

 なお1980年代後半のソ連のゴルバチョフ書記長が始めたペレストロイカにあわせ、共和国も経済の市場化に踏み切り国際経済に参加している。今では武器輸出の他にも、電子部品や家電、薬品を含む各種化学製品の輸出などで貿易収支はとんとん、というところまで経済を発展させていた。


「同志の大隊は、豊原で休養再編される。いかなる状況にも対応できるように大隊を錬成したまえ」

「了解いたしました、同志閣下」

「話は以上だ。退出してよろしい」

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