千夏と対決
夜に人間は正常な判断ができないから、大事なことは日中に決めるべきだと某有名野球選手が言っていた。それが本当なら、日を改めるべきなのかもしれない。後夜祭という名にふさわしく、もう時間は夜に差し掛かっている。
しかし俺は、今日決着をつけたかった。
ところで校舎文字というのは、タイミングを合わせていくつかの教室の電気を点灯するだけのイベントだ。グラウンドから見たら文字になるように点灯を調整することで、オクラホマミキサー終わりの生徒たちが、グラウンドから見て楽しめるわけだ。
そのために、電気を点ける係として、後夜祭実行委員が教室にいるのである。
千夏は四階の1年C組の担当だった。
奇しくもそれは、俺と千夏の1年生のときのクラス。
「千夏」
千夏はカーテンをひいた薄暗い教室で、その隙間からグラウンドを見ていた。
「……なんでいるの?」
なんで来たのか。
正直俺の中でもまだ明確じゃない。親の離婚を慰めるため? チャンネルをやめさせないため? 告白するため?
「……別にいいだろ、来ても」
「別にいいけど」
千夏は手近な机に腰かけた。
「友ちゃんから事情は聞いちゃった?」
頷く。千夏はぶらぶらと足を揺らした。
「……そういうわけで、百万円はもう必要なくなったから。かねちーチャンネルも終わり」
「……」
何から話せばいいのか。やっぱりまだ頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「……中学三年生のとき」
「!」
だからだ。こんな昔のことから話すなんて自分でもどうかしている。
「千夏と付き合ったせいで、恋愛に幻滅した」
千夏もそれはわかっているのだろう。返ってきたのは苦笑だった。
「楽しくなかったもんね」
「……いや、そんなにはっきり言わなくてもいいけどな?」
「じゃあ、あのとき私に会いたくてしょうがなかった? ……ってわけじゃないでしょ?」
その通りだ。千夏を楽しませられるか、気まずくならないか、そんなことばかり気にして、はっきり言って憂鬱だった。
そしてそんな心持ちで臨むデートは、やっぱり心躍らなかった。
「……そんなストレスがかかる恋愛より、フィクションの方が何倍も面白いからな」
いつだか真野が俺をペーパードライバーと評したが、まったくその通り。俺はあれ以来、運転する気にもならなかった。
夏休みのあの雨の日に、千夏が来るまでは。
「……千夏が俺のこと振ったの、忘れないからな」
「まだ根に持ってるの?」
「当たり前だろ。修学旅行の土産、渡す前にフラれて」
「お土産?」
「……たしか、ハンカチかなんかだったよ。もうないけど」
もしかしたら、今ごろ姉貴が使ってるのかもしれない。
「私だって、Tシャツ用意してた」
「京都どすえTシャツな」
「京都どすえTシャツ」
「せめて渡してから振ればよかったのに」
「でも翼、早く帰りたそうだったから」
「俺が?」
そんなことはないはずだ。俺はあのとき、千夏との雰囲気を回復する希望に、すがっていたのだから。
「……本当に、だめだめだな」
そんな気持ちも相手に誤解されていた。結局俺たちは、お互いなにも伝えなかったせいで、歩み寄れずにいたということなのだろう。
「……そんな昔話をするためにここに来たの?」
「いや」
俺は千夏に近づいていった。
話しながら、話したいことが次第に像を結んでくる。
「……だから、責任取ってほしいって話だよ」
「責任?」
俺は千夏を正面から見据えた。
産まれたときから、俺は千夏を見てきた。
小学校で一緒に泥まみれになって遊んだり、中学校で気まずいデートをしたり、高校で千夏の女の子らしさを目の当たりにしたり。
そのままずっとそばにいるものだと思っていた。でも本当は違うのだ。いくら俺たちが幼馴染でも、本当にそばにいたいのなら、自分から手を伸ばさなければならない。気持ちを伝え続けなければならない。
カップルチャンネルのせいで、それを思い知らされた。
「千夏で幻滅したんだから、俺はそれを千夏で取り戻したい」
「……!」
「それで千夏にはもう、楽しくなかったなんて言わせない」
真野はいつも言っている。冬川も言ってくれた。だから俺にだって言えるはずだ。
千夏の目を見て、はっきりと。
「……千夏。好きだ」
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