笑ってお別れ
どちらからともなく、笑みが込み上げてきた。
「……ごめんなさい。今のは全て冗談」
「全てってのはどこからどこまでだ? まさかコメント書いたやつが冬川ってのも嘘?」
「あまりからかわないでくれる? 今失恋中なんだから」
涙を拭いて。
「……今度、笹木さんに謝らせてくれる?」
「謝りたいなら好きにすればいい。俺は知らんよ」
「……それから金城くんにも。本当に……」
冬川は、今まで見たお辞儀の中で一番、丁寧に頭を下げた。
「あ、いや、まあ……通報しても削除されないようなコメントだったし、そこまででもないよ。ただ、ちょっとしつこかったなってだけで……」
すると、途端に冬川の顔が悲しげに変わった。
だがそれは、妙に作り物めいているようにも思えた。
「……だって金城くんが好きだったから」
「!」
急に! 急に言われると、さすがにどう返していいのかわからない。
あう、あう、とバカみたいに口をぱくぱくしてしまった。
冬川は一転、あの薄い笑みを浮かべた。やっぱり今の物憂げな顔は演技だった。
「相手を困らせることができるのは、フラれた者の唯一の特権ね」
「……勘弁してくれ」
ふぁさり、と長い黒髪を後ろになびかせる。やはりそれは艶やかだった。
「あとは、早く笹木さんに会いにいった方がいいんじゃないかしら」
「いや、なんで俺が今からやろうとしてること知ってんだよ!」
「後夜祭のクライマックスに想いを伝えるなんて、いかにも軽薄な野郎が考えそうなことじゃない。さしづめ私とのことを片付けたあと、決着をつけたいのでしょう」
ぐうの音も出ない。こいつエスパーかよ。
「笹木さんは後夜祭実行委員でしょう? 校舎文字のために、四階の教室にいるはずよ」
もう冬川は元に戻っている。
その冬川が見られてよかった。
「冬川、その……」
「湿っぽい雰囲気が逆に人を傷つけるということ、わかってるんでしょう? 振った相手をいたわるのは傷を深くするだけ。早く私を突き放しなさい、振った者の責任として」
ここまで偉そうにされたら逆に清々しい。苦笑するしかなかった。
「だから早く、私に嫌いだと言って」
「……いや、別に嫌いってわけじゃ——」
「そういう態度が私に少しでも期待を持たせてしまうの。わかる?」
「はいはい、わかったよ」
冬川のいつもの薄い笑みに、俺は吐き捨てた。
「俺は千夏が好きだから、お前と付き合うつもりなんて全くない。そしてもう二度と動画にコメントをするな」
目尻に浮かんでいる涙を、俺は見て見ぬ振りをする。
「……本当にごめんなさい」
冬川は最後まで、表情を崩さなかった。そのプライドも冬川らしい。
「……こちらこそ」
あたりはすっかり暗い。
もう振り返らずに、教室を出た。
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