冬川と対決

 生徒の波が講堂からグラウンドへと流れていく。


 後夜祭は3部構成で、最初に講堂でのパフォーマンス、そしてグラウンドでのフォークダンス、最後に校舎の教室を使った校舎文字。講堂の部が終わり、生徒たちがこぞってグラウンドへ移動しているのだ。


 だが俺はそれを無視して、もう暗くなりつつある廊下を走っていた。


「……いた」

 図書室。

 予想通り、冬川はいつもの場所に座って勉強していた。俺の上履きの音に気付いたのか、部屋に入ってすぐ、冬川はこちらを振り返った。


「……あら、金城くん。フォークダンスは?」

 最後に会ったのも図書室。そのとき冬川は、わずかに俺を拒絶したように思えた。


 だが、これは今までと変わらない声音だった。


「冬川を探してた」

「……おとなしくフォークダンスに行ったらどうかしら」


「あんなのやって何か起きるのは、フィクションの中だけだ。やっても意味がない」

「後夜祭実行委員が考えた企画に文句を言うのね」


「お前もそう思ってるからここにいるんだろ」

「まあ、否定はしないけれど」

 もしかしたら、講堂のパフォーマンスのときから冬川はここにいたのかもしれない。文化祭実行委員のような仕事はきちんとこなすくせに、やはり群れることは良しとしない。なんとも冬川らしい。


「それで、何の用かしら」

「……」


「そういえば、ファッションショーの件、改めてお礼を言うわ。ありがとう」

 外から、拡声器で叫ぶ男子の声が聞こえる。フォークダンスの準備をしているのだろう。


「……ああ」

「笹木さんのドレス姿、やっぱり絵になったわ。金城くんもギリギリ釣り合えたんじゃない」

「ギリギリかよ」

 薄い笑み。いつもと変わらない笑み。


 冬川はテーブルに向き直り、俺から表情は見えなくなった。


「これまでで一番伸びた動画の再生回数はいくつ?」

「……八十万回再生だな。『一緒にお風呂頼んでみた』」


「やっぱりそんなコンテンツが伸びるのね」

「そんなもんだろ」

「でも今回のウエディングドレスの動画、きっと一番伸びるから。これで貸し借りはなしということで、よろしくね」


「そこにお前はコメントを書くのか?」


 沈黙。


 俺が隣の席に座ると、冬川はわずかに顔を背けた。豊潤な黒髪がふわりと横顔を隠す。

「……冬川」

「……」


 冬川のことだ。本当は俺がここへ探しにきた時点で、きっと詰問されると察していたのかもしれない。


「コメント欄で、千夏にコメントしたよな?」

表情は見えない。体がひどく華奢に見えた。


「でも千夏は、冬川がやったとは知らない。中傷コメントがあることすら知らないはずだ。……だから千夏にバレる前に、ちゃんとやめてくれ」

「……」

「お前は千夏と友達なんだろ?」

「どうかしら」


 そう答えた声はわずかに震えていた。冬川は俺に顔を見せないまま席を立ち、窓へ近寄った。


「笹木さんも気付いているんじゃない? ああ見えて鋭いところもあるし」

「冬川」

「他に何か言うことは?」


 やはり目を合わせようとしない。スカートをきゅっと握り締めている。


「俺は、やめてくれさえすればいい」

「……それだけ?」

「ああ」


 灯ちゃんの気持ち、わかるよ。

 小春の言葉を思い出す。幼馴染の真野と冬川の間に入れないもどかしさ。


「……どうして怒らないの? 私は友達のふりをして、笹木さんを傷つけたの。最低の人間でしょう」

「……」


「笹木さんが羨ましくて、醜く嫉妬したのよ」

 他に誰もいない図書室に、その吐き捨てた言葉が突き刺さった。


「冬川——」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る