小春、襲来(また)

 文化祭が終われば学外の人間は帰るが、生徒にはまだ後夜祭が残っている。

「第137回七海祭・後夜祭のスタートです!」


 講堂。ランウェイは取り払われ、今はただのステージとだだっ広いフロアだけだ。

 司会が舞台上で、軽快にトークしている。

 片付けより先に、文化祭の夜は講堂へ全校生徒が集まって大騒ぎする。具体的にはバンド演奏とか、ダンスとか、DJとか。


 ぐちゃぐちゃと生徒が入り混じって座っている中で、俺は左後方の壁際に陣取って、一人でその狂騒を眺めることにした。特に音楽に興味はないし、真野はバンドで舞台袖に待機しているため、他に一緒にいる友達もいない。


 司会進行をぼんやり眺めていると、人の間を縫って、小春がぬっと現れた。


「こんなとこにいた!」

「……よく見つけたな」

「はいこれ」

 手渡されたのは、真野に預けていたカメラ。


「さっき偶然光一くんに会ったら、これ届けといてくれって」

「悪いな」

 小春はなんのためらいもなく俺の隣に座った。


「……こんなところいていいのか?」

「うん。ちょっと我慢できなくなったっていうか」

「我慢?」

「女の子の友達には、あんまり見られたくないっていうかね」


 そう聞いたとき、講堂の光が落ちた。舞台に照明が点き、バンドメンバーが姿を現す。


 中央には、真野。こいつボーカルだったのか。

 ドラムがハイハットシンバルを叩き、真野が歌い出した。


「五十一日間この丘で、火が落ちる空、続けて見届けたら恋が叶う」


 また古い曲を。しかも幼馴染のラブソングなんか!


 ドラムとギターが入る。観客として並んでいた生徒たちが、飛び跳ね始めた。


「……灯ちゃんの件、どうなった?」

 意外とこういうとき、小春は冷めているのか。それとも俺が隣にいるからか。

 リズムに乗りもせず舞台を見つめる小春を横目に、俺は答えた。


「まだ話してない」

「私は特に親しくはないけど、でもあの人、たぶんやってるよ」


「え?」

「気持ちわかるもん。灯ちゃんの気持ち」


「……わかっちゃっていいのか。人を傷つける気持ちなんか」

「わかるよ。光一くんと灯ちゃんの間に、私は入れないんだなってときとかね」

「!」


 小春はじっと真野を見ている。それは今まで見たことがない小春の顔だった。

「灯ちゃんがちーちゃんに思ってることを、私は灯ちゃんに思ってるから」

「……」


 そこに至るまでの過程を俺は知らない。だが小春の気持ちが本当だということだけは、その目を見て感じた。


「……いろんな女の子に告白するくせに、私は対象外なんだよなー」

「……でも、本気で冬川が好きなら、真野はなんでいろんな女の子に告白なんか」

「諦めようとしてるんでしょ。何回も」

「……」


「……光一くん、そういうことは私に相談してくるくせにさ」

 パシンと肩を叩かれた。


「でも翼くんがちーちゃんとくっつけば、いろいろ丸く収まるかもしれないんだよ!」

「……」


 冬川に気になっている人がいる。それが終われば、真野にも順番が回ってくるのかもしれない。つまりそういうことだろう。


「わかってるんでしょ。早いとこシュート決めちゃってよ!」

 真野が一生懸命歌っている。


 歌っている曲は幼馴染のラブソング。


 最初は俺と千夏のことをからかっているのかと思ったが、自意識過剰だったようだ。


 真野にも冬川という幼馴染がいる。あいつは自分なりに、結局冬川に思いを伝え続けている。


 俺は……。


「翼くん?」

「ありがとう、小春」

「……なんか知らないけど、顔変わった?」


 小春は目尻を拭うと、ニヤリと笑った。

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