本物を探す

姉貴のありがたいお言葉

 そこからどうやってファッションショーが終わったのか、俺はよく覚えていない。腕を組んでじゅうたんの上を歩いたのは確かだ。気がついたら、タキシードから制服に着替え終わり、舞台袖に続く扉の横で座り込んでいた。


 千夏はもういない。


 舞台袖に戻って、千夏は控え室で着替え直し……そのまま会っていない気もするし、その後何か会話してから別れたような気もする。


 百万円を稼いだらいずれ終わるつもりだった。だが逆に、それまでは続くと思い込んでいたのだ。不意を突かれて、そして自分はこんなに動揺してしまうのかと驚いた。


「お疲れ様」

 いつの間にか目の前に姉貴が立っていた。

「ヒマだから来ちゃった。変わってないねえ、校舎も講堂も」

「……もう講堂でイベントはありませんよ」

「知ってるわよそんなの」

「道に迷いましたか?」

「母校で迷うわけないでしょ。あんたがなかなか出てこないから、ここまで様子見にきてあげてんの」


 姉貴は薄い胸の前で腕を組み、俺を見下ろした。

「なんかあった?」

「どうして」

「バージンロードを歩いてるあんた、炭酸抜けたコーラみたいだったから」

「……バージンロードじゃなくてランウェイな」

「私には講堂が結婚式場に見えたけどね」

 余計なお世話だ。


「……出口で待ってたら、千夏ちゃんと会ったわ。今日までありがとうございましたって。家を出ていくみたいね」

 なんだ、もう聞いているのか。


「……カップルチャンネルをやめると言われた」

 姉貴はしばらく俺を見つめていた。


「で、どうするの?」

「……」

「やめるって言われたらやめるの?」

「一人でカップルチャンネルは続けられないからな」

 鼻で笑われた。


「ビジネスカップルって、所詮ビジネスだから、目的がなくなったら終わるしかないんだよねえ」

「……」


「でも本物のカップルなら、そんな理由いらない」

「……俺は別に、カップルチャンネルを続けたいわけじゃないんだ」

「そう。そうじゃなくて、千夏ちゃんと一緒にいられればいいんだよね」

 言い返せなかった。


 どうしてこんなに落ち込むのか、そんなことは自分が一番わかっている。


 ビジネスカップルは、千夏と一緒にいられる方便だった。

 それがなくなれば、やっぱりただの幼馴染なのだと改めて感じただけだ。


「だったら本物のカップルになっちゃえばいいのに」

 またど正論。だが俺は、そうはなれないと思っている。


「……またつまらない恋愛をするくらいなら、友達のままでいい」

「つまらない恋愛?」

 あの三週間。会話もぎこちないし、距離感もわからなかった。友達から恋人になっただけなのに、相手の顔色を窺いはじめて、一緒にいることが楽しくなくなってしまった。


「中学三年生のとき、実は千夏と付き合ってたんだ」

「それは知ってる」

「だから……え?」

 姉貴、知ってるの?


「だって私、千夏ちゃんからいろいろ相談受けてたから」

「相談? ってなんだよ」

「女の子の世界に首突っ込むんじゃないよ」

 立ちあがろうとしたら、デコピンされた上に階段に押し返された。


「でもね。いろいろ話を総合するに……あんたらはウブだっただけなの。どうやって相手に好きって伝えればいいのか、昔はそれがよくわかってなかった」

「……」

「でも今なら知ってるでしょ?」


 そして姉貴がスマホで見せてきたのは、何を隠そう「かねちーチャンネル」だった。


「これってビジネスってわかってても、やっぱり私にはただのバカップルにしか見えないんだよね」

「!」


「ロマンス映画だかラブコメ漫画だか、どこからこんなアイデア仕入れたか知らないけど。もうあんたたち、相手にどうすれば好きって伝わるのかわかってるんじゃないの」

「……」

「それでもまだ重い腰が上がらないってか?」

 姉貴は平然と続けた。


「千夏ちゃん、親が離婚するんだって」

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