まるで恋人みたい

 まずは書道部へ行く。真っ白な団扇に、墨汁と筆で好きなものを描けるというのが、書道部の毎年の企画である。


「見て見て! 焼き鳥」

 目の前に自作の団扇を突き出してきた。どういう脈絡で焼き鳥の絵を描こうと思ったのかわからないが……千夏は焼き鳥が好きなのかもしれない。趣味もおっちゃん臭いし。


「あおいだらタレのいい香りがする!」

 お前、よくそれでこの高校受かったよな。


「つーくんにはこれ」

 と俺は、無理やりすき焼き鍋の絵が描かれた団扇を持たされた。しかも意外と上手い。

 あおいだら具材と汁がこぼれそうで、どうにも扱いにくかった。


 その団扇を手に、次はソフトテニス部の教室へ向かう。ソフトテニス部は、人間がシャボン膜の中に入れるというアトラクションをしている。


「せっかくですから、二人で入ってください」

 案内役の一年男子が、いやにニヤニヤしていた。俺たちが「かねちーチャンネル」だとわかっているらしかった。


 敷かれたシートの上に置いてあるフラフープの中に、二人で入る。シートに作られた溝の中にシャボン液が入っており、フラフープを頭に上げると、シャボン液の壁が周囲に生まれる仕掛けだ。


「くっつかなきゃ」

 そして千夏がまた近い。フラフープの直径が小さすぎる。


 千夏が俺の腕にすがって、体を押し付けてきた。


「行きますよ! 3、2、1」

 シャボン膜に包まれた瞬間、写真を撮ってもらう。千夏がきゅっと目を瞑って笑った。俺の笑顔が引きつってなければいいのだが。


「なにこれ、もっとマシな顔しなよ」

 後で見たら引きつっていた。


「しょうがないだろ……こういうの慣れてないんだし」

「もっと友達と遊んで写真慣れするんだね」

 ぐうの音も出なかった。


 千夏はさっさと次の教室へ向かう。

 待ち合わせから、どうにも中学三年生の思い出が再燃している。千夏が前で、俺が後ろ。ちょっと冷めた俺を千夏が引っ張り回す構図も、やっぱり変わっていない。


「店があるのでクレープを食べることにします」

 そして目についたものに惹かれ、気まぐれに店の前で立ち止まるところもだ。


 弓道部の店でクレープを買い、人気の少ない校舎裏へ移動する。


 千夏はクリームを手につけながら、いかにも危なっかしく食べた。俺はそんなところをスマホで撮影する。後の編集でいくらでもできるので、とにかくカメラを回す。


「私たち、ちょっとした有名人だね」

「廊下でめちゃくちゃじろじろ見られたな」

「つーくん、すっごく変な顔してたよ」

「え」

「つーくんって人にじろじろ見られたら、ふにゃふにゃした顔するじゃん」

 そう言って、自分の頬を引っ張って変顔をする。


「おい、顔にクリームがつく!」

「また。細かいんだって」

「いや拭かなきゃダメだろ」


 明らかに千夏はハイになっていた。


 スマホを掲げながら指で頬のクリームを取ってやると、千夏の体に力が入るのがわかった。


「あ、悪いちょっと残った」

「ねえ、近いんだけど」

「近くなきゃクリーム取れないだろ!」

「自分で取るから。もう離れてよ」


 そして昼が過ぎ、いよいよファッションショーの準備だ。


 ショーが始まる三十分前に着いたが、講堂は既に人でごった返していた。今年初の企画らしいから、注目度も高いのだろう。


 文化祭実行委員の腕章をつけた生徒が、忙しなく講堂の近くを歩き回っていた。その中に冬川を見つけたが、話しかけるのは気が引けた。


「あーちゃんだ」

「……ここから入るぞ」

 なんだか千夏と冬川を会わせたくなかった。講堂裏へ続く扉へ千夏を引き込む。


「ファッションショーに出演する方、こちらの係員の指示に従ってください!」

 奥へ入り、舞台袖の小さなスペースに置いてあったハンガーから、タキシードを取って着替えた。


 千夏はもっと奥の大スペースへ進んだ。そこで手伝ってもらいながら、ウエディングドレスに着替えるのだろう。


「かねちーチャンネル、いつも見てます」

 ハンガーラックを整理していた実行委員の一年男子に囁かれ、俺は苦笑した。


「あんなの見る暇があったら、勉強した方がいい」

「そんなことないですよ。むしろ、つまらない勉強のいいお供になってます」

 俺たちのイチャイチャを見ながら勉強してるのか? マジかよ。


「アンチかと思ったから身構えちゃったな」

 そう冗談を呟くと、男子は朗らかに笑った。


「カップルチャンネルが行き着く先って、破局か結婚ですよね?」

「!」

「結婚予定いつですか?」

「まだ早いよ……」


 ……って、いや、なんでまだとか言ってるんだ俺は。場の雰囲気って怖いな!


「今日いいプロポーズタイミングじゃないですか?」

「あんまり上級生をからかうんじゃありません!」

 脇から変な汗が垂れていた。


「つーくん」

 そうこうして着替え終わり、しばらく待機していると、背後から呼ばれた。

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