文化祭を一緒にまわる
色紙や置物で彩られた校舎は、もはや別の場所のように思われる。
中にいる人間も、生徒と先生だけではない。地元の大人たち、卒業生と思われる大学生、七海高校を志望するのであろう中学生……。生徒たちもいつもより制服を着崩したり、部活のユニフォームを着たりして非日常を楽しんでいる。廊下に立っていると、そういうことがよくわかる。
なぜ廊下に立っているかというと、千夏を待っているから。
千夏は友人の部活の出店に協力することになっていて、午前中はそちらに時間を割いている。
十分前くらいに教室の前に来てみたが、忙しそうにしていたのでこうして待っていた。
それにしても、メイド喫茶とは。
こんなのが許されるのは、フィクションの中だけだと思っていたが。
「つーくん!」
急に呼ばれてびくりとした。
フリルのついたカチューシャをつけた千夏の頭が、ドアから覗いていた。
「今着替えてくるからもうちょっと待ってて」
咄嗟に声が出なかった。
千夏の声は明らかにハイになっている。文化祭の活気にあてられているらしい。まったく影響を受けやすいやつだ。
俺と千夏の関係に気付いた生徒が、何やらヒソヒソ話していたが、無視。俺はファンサービスはしないザッパーである。
「よう」
千夏を待ち続けていると、偶然先に真野が通りかかった。
「ほんと、文化祭ってのはカップルザッパーにとって絶好の撮影チャンスだね」
「ファッションショーのとき、撮影よろしくな」
「任せて」
真野には、既に撮影用のカメラを渡してある。
「このメイド喫茶の混み具合、半分は千夏ちゃんが手伝ってるせいだよ」
「だよなあ……」
絶対に可愛い。どうしてさっき「全身見せて」と言えなかったのか。悔やまれる。
「真野。冬川に話してみたか」
撮影とは別のもう一つの懸念事項を尋ねると、ヘラヘラしていた真野の顔が締まった。
「……きんつばが直接話をつけるってことじゃなかったの?」
「真野、お前だって幼馴染だろ」
「それでも十一回振られてる仲だよ」
「そんな冬川が、あんなことすると思うか?」
真野は、神社でフラれたあのときの顔をしていた。
「……僕は灯ちゃんがやったと思ってるよ。気持ちわかるから」
「え?」
「ほんと、いろいろうまくいかないもんだよね」
その真意を聞く前に、真野は俺の肩を叩くと階段を降りていってしまった。
「ごめん、お待たせ」
そして入れ違いに、制服に着替えた千夏が現れた。
そういえば千夏と待ち合わせをするのは、中学三年生の、あの別れの日以来だったかもしれない。
あの日も俺は先に家を出て、千夏を迎えにいった。
「……お前、俺より早く待ち合わせ場所に来たことないよな」
「え?」
「なんでもない」
ガサツな千夏なら当然の話である。
「なんか髪の毛いつもと違う?」
とりあえず、これからのデートの気分を上げるために外見を褒めるか、と思って感想を口にした。
すごく睨まれた。
「朝からずっと同じ髪型ですけど」
不覚! 頭の左側だけ一筋三つ編みが作ってある。気づかなかった。
そしてよく似合っていた。
「早く行こ! ファッションショーまでに全部まわらなきゃ」
「あ、ああ」
「スマホ準備して。撮影!」
似合っているよ、と言うタイミングを逃した。
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