前田、襲来(誰?)

 そして前田くんと俺は初めてのご対面。

 存じ上げないと思っていたが、やっぱり記憶にないやつだった。彼はサラサラのマッシュ頭に眼鏡をかけており、パソコン室にて猫背で画面に向き合っていた。


「前田。ちょっと聞きたいことあるんだけど」

「え、え、何すか急に」


 前田くんは一人で弁当を食べていた。文化祭に使う動画を編集していたようだ。


「このアカウント、お前の?」

 かまをかけるとか雑談から入るとか、真野はそういうことを一切しなかった。

 真野と小春に背後を取られ、恐縮しながらスマホを見る前田。


「『いちご』?」

「……」

「……」

「え、何すか」


「違ったかぁ、前田じゃないかぁ」

「お前ら失礼すぎるだろ」

 俺がたしなめると、二人は前田くんから離れてがくりと隣の椅子に座った。


「何、どういうことすか」

「前田。かねちーチャンネルって知ってる?」

 真野が聞くと、前田くんは俺を指した。


「笹木さんと二人で、そこは天国かってくらいイチャイチャするチャンネルでしょ」

 頷くな、真野と小春。


「この『いちご』ってアカウントが、いっつも動画に中傷コメントしてくんだよ」

「それでアカウント調べたら、前田かもって、光一くんが」

「おいおい! 小春だろ!」

「そうだっけ? 最初に言ったのは光一くんだよ?」

 醜い罪のなすりつけ合いが始まった。


「つまり、僕がそのコメント書いたと思ったってことすね?」

「……前田くん、あんまり怒んないね?」

「いや、まあ違う世界線の僕ならやりかねないんで」

 それはそれで怖いよ。


「たしかに、つーくんには怒り溜まってますよ。笹木さんとイチャイチャできてしかも勉強もできて。欠点どこだよって」

「友達少ないとこ」

「それ僕も同じですから欠点認定できないんすよ」

 真野と前田くんが、誰も得しない掛け合いをした。


「でも僕、あまりにイチャイチャが尊かったんで、もう恨むのやめました。今は普通にギビングしてるただのファンです」

「マジで⁉︎ ありがとう」

 ザッピングには、寄付のようにチャンネルへお金を払える「ギビング」という機能がある。

 まさかそれを前田くんがしてくれていたとは。


「そういうことなんで、僕が『いちご』じゃないってことは理解してくれました?」

「ごめんね、前田」

「いいんすけど、なんで僕って思ったんですか?」

 真野は前田くんに、ななみ大仏の動画を見つけたところまでを話した。


「なるほど。てかなんで僕の家知ってるんすか?」

「あ、それは私。だって一回、風邪で休んだ前田くんちに荷物届けたことあるから」

「……?」

「同じ中学でしょ」

「そうでしたっけ?」

「そうなの!」

 悲しい認識の差が生まれていた。


「前田、この動画再生することってできる?」

「あ、たぶんできますよ」

 前田くんがリンクをもらって、なにやらパソコンを操作すると、画面に動画が復元された。


「……二丁目あたりから撮影してることはたしかなんだよな」

 動画は声も入っていない。ただカメラで周りの環境を撮っただけだ。大仏、道路、田んぼ、車。そして…


「庭の花壇?」


 なんだか赤い花が映っている。それは逆さに実った苺のように見えた。ひょっとすると「いちご」のアカウント名はここから取っているのかもしれない。


 それにしてもなんの面白みもなく、ただ記録しただけの撮影に思えた。


「たしかに僕の家の近くですね」

「前田の家の周りで、他に誰か家知ってる?」

 真野が尋ねると、前田くんは少し考え込んでから答えた。


「ちょっと離れてますけど、一軒ありますよ。てか結構有名じゃないですか?」

「誰?」

「あの冬川邸ですよ。でかいお屋敷みたいな家です」


 そのとき、動画に一人の男が現れた。カメラを向けられて笑っている。彼は俺でも知っていた。冬川グループの社長。つまり冬川の父親だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る