リサーチ開始

 昼休み。

 真野の席で弁当を食べながら。


「どうしたきんつば。また元気なくないか?」

「なあ、冬川って地雷ある?」

「地雷?」

「これ言ったら絶対怒っちゃうみたいな」


「僕が告白してる最中は、いつもちょっとだけムッとしてるけどな」

 特に参考にならない返答だった。


「てかきんつば、灯ちゃんと繋がりあったの⁉︎」

 でかい声に俺は肩をすくめた。ただでさえ千夏と付き合っているというガセ情報が広まっているのに、その上あらぬ噂まで立てられるのはごめんだ。


「頭いい人はいい人同士、仲良いんじゃないのー?」

 パンを持った小春が会話に入ってきて、真野の隣に座った。


「きんつば……僕の事情は当然知ってるんだよね?」

「十回告白して十一回振られたっていう」

「一回何もしないで振られてるよ⁉︎」

 いや、考えるのは後だ。それより真野と小春に相談したいのは、千夏の件である。


「……このアカウントの持ち主って、どうにか割り出せないかな?」

 そして俺は、「いちご」というアカウントが千夏へ中傷コメントを残していると説明した。


 ブツブツと冬川についての文句を言い続ける真野を傍に、小春は俺のスマホを取り上げて、ぽちぽち操作した。

「何か動画はアップしてないの?」

「ない。アカウントはコメント専用にしてるみたいだ。コメントしてる動画も全部『かねちーチャンネル』だし、これ以上の情報がない」


 首をひねる小春。

「ネトストが得意な光一くんなら、何かわかったりして?」


「え? 真野ってそうなの?」

「だって『かねちーチャンネル』もすぐ見つけてたじゃん」

「小春! 僕はちょっと人より情報の感度が高いだけだから!」

 随分マイルドに言い直したな。


「……で? 特定したいアカウントってどれ?」

 俺が「いちご」のリンクを送ると、真野は何やら検索したウェブサイトにそのリンクをコピペした。


「何してるの?」

 小春が真野の肩にちょこんと顔を乗せて、スマホを覗く。

「このウェブサイトで、このページが過去にどう編集されたか時系列でわかるんだ」


「それだと何がいいの?」

「今このアカウントにはなんの動画も残ってないけど、昔何かアップロードされたり、連携されたりしてたかもしれないでしょ?」

 そこから何か手がかりを得るというわけか。


「やっぱりなんかやることがネトストっぽい」

「いや、やろうと思えば誰でもできるから!」

 小春にからかわれながら真野が検索した結果、「いちご」アカウントには何度か改変が加えられていた。


「最近になって全部動画が削除されてるな」

「それまでは?」

 真野のスマホの画面に、昔の「いちご」のホーム画面が表示された。


「この三本がアップされてたみたい」

 そのアップは七年前だった。七年前といったら俺は十歳。ザッピングの存在すら知らなかったし、ザッピングもまだ大したサービスではなかったのではないか。


「『かねちーチャンネル』に『いちご』のコメントが始まったのっていつ?」

 小春に聞かれ、動画を確認した。

「八月三〇日だな」


「この動画が削除された日もそうだよね」

「じゃあおそらく、コメントし始めるときにこの動画を消したんだな」

「その動画って再生できる?」

 真野は首を横に振った。


「このスマホだとちょっと無理かも。パソコン室のパソコン使えばできるかもしれないけどね」

「ちょっと待って」

 そこで小春が声を上げた。


「サムネに映ってるの、ななみ大仏じゃない?」

「……ってことは、七海市?」

 俺と真野は同時にスマホを覗き込み、額をぶつけた。普通ならラブコメが始まるところだが、あいにく相手は真野である。


「この角度なら、どこから撮影したか特定できたりして」

「……でも、それがわかってどうする?」

「きんつば。その動画のタイトル何だよ?」

「……『家』」


「普通に考えたら、それって家から撮った動画なんじゃないの」

 ということは……「いちご」は、この辺りに住んでるってことか?


「すごい偶然だな」

「そうでもないんじゃない? だってこのアカウント、八月三◯日にコメントし始めてるでしょ。これってウチの夏休み明け初日でしょ?」

 そのときには、「かねちーチャンネル」は学年中に広まっていた。


「……つまりそれ、『いちご』が七高生だって言いたいのか?」

「ま、その可能性はあるよねって話」

 もちろん証拠があるわけではないが、たしかに一定の説得力はある。


「でも、なんで家から撮った動画をアップしたんだ?」

「そんなの本人に聞くしかないでしょ。……ここだ」

 小春がマップサイトで地図を見ていた。ななみ大仏を斜め後ろから拝む角度は、七海市二丁目にあたった。


「この辺りに住んでる七高生……」

「……やば、私心当たりあるかも」

「え?」

 小春が立ち上がった。


「C組の前田くん。パソコン部の。ここらへんに住んでるじゃん。しかもちーちゃんのこと好きじゃん」

「たしかに!」

 俺は誰だか存じ上げなかったが、その前田くんは千夏が好きらしい。しかも、それが真野と小春という最悪のタッグにバレているらしい。


「好きだった千夏ちゃんが、急に地味な男とカップルチャンネル始めたから?」

「腹いせにちーちゃんにコメントし始めた?」


 勝手に盛り上がっている。さらっと俺の悪口も混ざっていた気がするが、こちらがツッコむより早く二人は教室を飛び出した。


 ……これ以上証拠らしい証拠もない。これじゃ違うとしらばっくれられたら何もできないだろ。


 そう思いながらも、俺はとりあえず二人の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る