あなたたちの宝物でしょう?

 見せられたコメント欄には、「あざとくてキモい。他にも男いそう」というコメントが載っていた。


「特に『かねちーチャンネル』は千夏ちゃんを推してるんだから、彼女が槍玉に上がりやすいことくらい、彼氏なら理解しておきなさいよ」


「……男だったら、千夏を見て可愛いとしか思えないんじゃないか?」

「そりゃあまりにも頭がお花畑だわ。まだこの街を出たことがないガキの考えね」

 世界中を旅行する姉貴に言われたら、それはぐうの音も出ない。


 しかも、実際に中傷コメントは現れているわけで。


「カップルチャンネルを始めるときに、そういうことは思い当たらなかったの?」

「……チャンネルを始めるって言い出したのは千夏だ」


「え⁉︎ これって翼のイタい妄想を、ビジネスっていう口実で千夏ちゃんと実現したチャンネルじゃなかったんだ?」

 おいなんだその認識は。弟に歪んだ性癖を見過ぎじゃないのか?


「でも、だから千夏ちゃんは中傷コメントが来ることを理解してたはずだ……なんて思ってるわけじゃないよね?」

 まあ、俺もそこまで楽観主義者なわけではない。


「悪口なんか、本人のキャパを簡単に超えてくるんだから」

「……わかってる」


 もちろん俺だって、チャンネルが大きくなり始めてから、中傷の可能性を考えていた。だが……正直最近は、俺も学校と日々の編集に忙殺され、コメント欄をほとんど見ていなかった。


 改めて見ると、どの動画にも一定数はアンチコメントが残されている。

 直接は言えないくせに、画面越しだと簡単に入力できてしまうのが恐ろしい。


「とりあえずコメントをパトロールして、見つけ次第通報していくしか方法はないんじゃないかな。千夏ちゃんが見ないように、迅速にね」

「……そうだな」

「今、小遣い払うから姉貴がコメント通報バイトしてくれないかな、とか思ったでしょ?」


 怖すぎる。一秒くらい心に浮かんだだけなのに、どうしてこうも的確に針で突き刺してくるのか。


「これは二人のチャンネルなんだから、責任持ってあんたたちが管理しなさい」

「口は達者なくせに、自分に手間がかかりそうになれば一歩引くんだよな、大人ってのは」

「まずは自分で学ぶ。で、折れそうになったら大人を頼る。じゃなきゃ、もっと広い世界で生きていけないよ」


 姉貴みたいにサバンナで野宿するような未来は、俺にはないんだけどな。


 ノートパソコンを開き、過去の動画一覧を開いた。

 動画投稿を初めて、一ヶ月半が経っている。最初は一日二本投稿していたから、動画の総本数は既に六十本を超えている。


「……これ全部巡回すんのか」

「二人の宝物にお邪魔虫がついてんのよ? 綺麗に掃除しなさい」

 宝物でもなんでもない。


 姉貴はソファに寝転び、スマホを頭上に上げていじり出す。

 ふと小春にそこで押し倒されたことを思い出し、俺は顔を背けた。


「千夏が百万稼いだら、こんなチャンネルすぐ消すよ」

「まさかチャンネル消したくらいで、これまでの動画全部、この世から消えてなくなると思ってるの?」


 そんなわけない。……ど正論。だから姉貴は時々面倒である。


「それに、きっと消したいなんて思わなくなるから」

「それはない。俺たちのためにもさっさと消した方がいいに決まってる」

「そこが間違ってんのよ」


 姉貴は寝転がったまま、ニヤリとした顔をこちらに向けた。


「……どういうことだよ」

「もうここまでチャンネル大きくしちゃったんなら、とにかくもっと続けてみなさい。わかるときがくるから」


 含ませる物言いが好きな姉貴だ。

 いつになっても、いろんな意味で勝てる気がしない。


「ところで彼氏できたん?」

「……」


 だからたまにはこうして、わかりやすい弱点で黙らせる。

 断っておくと、これは姉貴に対する中傷コメントではない。

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