えちえちの実の能力者

「……ち、ちーちゃん?」


「んっ……はぁ、んん」


 なにその色っぽい声にならない声。


 そして俺の腕には、遠慮がちになにか膨らみが当たっている。千夏が自分からこんなことをするなんて、今までなかったことだ。


「なんか暇だなー、つまんないなー」

 そしてその甘ったるい声で、わざとらしく俺に頭を預けてくる。


「……ちーちゃんも一緒に見ればいいじゃん」

「やだあ。私のこと見てほしいもん」


 そしてそのまま、俺がソファの上でかいていた胡座の上に乗ってきた。

「ちょっ……」

 そんなに股付近を刺激されたら、絶対やばいんですけど。


 だがここで撮影を止めるわけにもいかない。


「構ってくれないときらいだよ」

 千夏が俺の胡座の上で、何度も座り心地を確認する。そのたびに俺は、下半身が何も反応しないようにと頭の中で平家物語を唱え続けた。勉強がんばっててよかった。


「……テレビが見えないですけど」

「だって見えなくしてるから」


 胡座の上にちょこんと座った千夏。だがそれで終わりではなかった。

 俺の上でもぞもぞと体を動かし、百八十度回転する。


 つまり俺の上から、千夏が超至近距離で見つめてきた。


「ち……⁉︎」


 いつもより容赦がない。正面から殺しにきている。

 そしてやっぱり千夏の雰囲気がおかしい。


 完全に、ベッドシーンにあてられてやがる!


 俺は千夏によってソファの背もたれに押しつけられ、ふふんと見下ろされた。


「これでもう、私だけしか見えない?」

 これはやばい。もうまったく映画どころではない。


 千夏が俺の手を取った。そのまま指を組み合わせて恋人繋ぎにする。普通に手を繋ぐより、どうして恋人繋ぎは興奮するのだろう。普段触られない、指と指の間に刺激がくるからだろうか。


 こんなことを考えなければ理性を保っていられない。


「ち、ちーちゃん、映画……」

「だから見なくていいって」


 千夏はきっと俺を異性として意識していない。俺は今までそう思い込んでカップルを演じてきた。しかしこれはもう無理だ。ここまでされたら……。

「つーくん」

「……ちーちゃん」


 こういうシーン、映画でもたまにある。ただ単に、バカみたいに相手の名前を呼び合ってるシーン。


 でも今わかった。いい匂いと、柔らかい感触と、甘い雰囲気で頭がぼーっとして、もう相手のことしか考えられなくなったとき、名前を呼ぶしかなくなるのだ。

「……」


 千夏が近づいてくる。明らかに目が据わっている。


 動いたことで、TV画面がちらりと見えた。まだ二人はベッドの中にいる。どうして女優はこんなにキスが上手いのか。千夏とのキスも、俺はこんなに上手くできるのか?


 さすがに、キスしたところは動画にできないぞ。

 いやいやキスはしないだろ。

 もうだめだ、頭パンクする。


 ——だがそんな状況は、聞き慣れた声によって遮られた。


「ソファでするのはやめてよ。これからそこ座るたんびに思い出しちゃうでしょ?」


 いつの間にリビングに入ってきたのか。扉が開かれた音は、自分の心臓の音で気づかなかったのかもしれない。


 姉貴、金城友が、サングラスを取ってニヤッと笑っていた。

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