誰かが彼女を傷つけている?

映画のキスシーンって気まずくね?

「翼。撮影しよ」


 休日、俺がリビングのソファでのんびり「恋人たちの予感」を観て、やっぱりメグ・ライアンは可愛いなあなどと思っていると、千夏がやってきた。


「いま映画いいところだから、もう少ししたらでいい?」

「……」

「?」


「あーあつまんない」

 だが千夏はお構いなく、俺の隣に座ってきた。


 千夏がこうして自分から俺の隣に来ることは、今までなかった。


「ち……」

 名前を呼ぼうとして、はたと気付く。

 今、こいつはちーちゃんなのか? それとも千夏なのか?


「そうだ。これ『ずっと映画見てる彼氏に構ってちゃんしてみた』って動画にする」

 ……まだ千夏だったようだ。


 だが、「ね?」と俺を見上げてくる瞳には、明らかに「ちーちゃん」が混ざっていた。


「……き、今日は短めの動画ってことか?」

「うん。たまには昔みたいなのもいいでしょ」


 そう言って、テーブルの上にあったカメラを観葉植物の陰にセットする。

「翼はただ映画見てくれればいいから。じゃあ……」


 だがそこで、映画のキスシーンが始まった。


「……」

 思わず体が固まる俺。横で千夏も動きを止めた。


 ……俺はこの映画を一度見たことがあるからわかる。これはヒロインが彼氏に振られたことをきっかけに、ずっと親友だった男と初めて寝るシーンだ。


「……」

 画面の中が激しくなっていく。


 かといってここで止めるのも不自然だし、千夏を見るのも不自然。

 今は何をしても変に意識されてしまうのだ。息を殺してこのシーンをやり過ごさなければならない。

「……」


 そしておそらく千夏もまったく同じことを考えている。

 映画はたまにこういうことがあるから、俺は一人で見たいのである。


「……」


 先に動き出したのは千夏だった。

「……撮ろっか」

「あ、ああ」


 しかしなんだか、千夏の顔……いつもと雰囲気が違う。

 いや、思えばリビングに現れてから何か違う気はしてたのだが……今のシーンを見て、さらに何かおかしくなってないか?


 妖艶というか、変に色っぽいというか。

 心なしか目がとろんとして、精神年齢が数歳下がっているような。


 だが考えをまとめる間も無く、千夏は俺の腕に絡んできた。


「……ち、ちーちゃん?」

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