京都人どすえTシャツ

 振り返ると、千夏がベッドから降りてスーツケースを漁り始めた。そして取り出したものは、薄葉紙で包装されていた。


「……服?」

「あげる」


 差し出されるままに受け取る。

「なんだよこれ?」

「いいから。サイズ合わなかったら捨てていいから」


 千夏はもういつも通り平坦な口調で言って、またベッドに戻った。

 開けてみる。


「これ……!」

 それはTシャツだった。そしてサイズが小さい。

 背中に大きく、「京都人どすえ」と書かれている。


 そのTシャツには見覚えがあった。中学校の修学旅行で行った、京都の参道で見かけたものだ。そしてこんなものに注目していたあたり、いかにも俺の中学生時代のセンス。


 思い出した。


 修学旅行は、中学三年の春にあった。俺たちはちょうどその頃付き合っていたのだ。ただしすでにそのとき俺たちは、ただの幼馴染だった頃以上に、盛り上がらない関係になっていた。


 そんな俺は千夏のために、京都でプレゼントを買ったのだ。サプライズでそれを渡して、千夏を喜ばせて、もう一度話をしたかった。

 俺のことを本当はどう思っているのか。俺といて楽しいのか。本当に俺のことが好きなのか。


 だが、そのチャンスは来なかった。プレゼントを渡すために会った神社の境内。告白した場所で、俺はプレゼントを渡す前に、千夏に別れを告げられてしまったのだ。

悔しくて、プレゼントは捨ててしまった。


 ……だがこのTシャツが、京都で千夏が買っていたものだとしたら。


 千夏も本当は、俺にプレゼントを渡そうとしていた?


「千夏。これって……」

「今日の夜、カレーでお願いね」

「……」


 千夏も本当はあのとき、俺にまだ少しでも、心はあったのか?

 なら俺は……。


「……いや、なんでもない。ありがとう」

 今さら聞けるのか。それに聞いたらどうなるというのだ。


 またあの頃に戻れるのか?


 すると千夏がころんと寝返りをうち、こちらを見た。

「そういうの好きでしょ」


 そして微かに笑う。動画で見せる大袈裟な作り笑顔ではない、俺たちの十七年間がそうさせている、多くを言わない控えめな笑み。

 カメラを回していなくてよかったと、心から思った。


 それからだ。千夏に微妙な変化が訪れたのは。

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