ゴリラ
それにしても、まさか同級生のドレス姿があんなに映えるとは知らなかった。
俺はあんなドレスを着た千夏と並んで、みんなの前を歩くのか……そう考えると恥ずかしく思えたが、よく考えたらカップルチャンネルで、それ以上恥ずかしいことはたくさんしていたのだった。
冬川とは「スノーウエディング」を出てすぐに別れ、家に帰ったのは夕方だった。玄関には千夏の靴があった。あれから外には出ていないようだ。
誰もいないリビングで、午前中に撮ったドッキリの動画編集を始める。
チャンネルの編集画面を見ると、すでにこれまでの動画で五万円ほど広告収入が入っているとわかった。本格的な企画動画を出し始めてから、チャンネル内の回遊率も上がっている。何本か出した長めの動画から、過去の短い動画に流れているのだ。
それはおそらく、視聴者が俺たちに興味を示したことを意味している。
「……この調子だと百万円も早いかもな」
そうひとりごちると、俄然動画編集のやる気も湧いた。
しかし改めて見返すと、ドッキリ動画の千夏の声は真に迫っている。まるで本物の彼氏が取られたかのような、切実さを感じる。
考えないようにしていたことを、改めて頭の片隅に持ってきてしまう。
……これはやっぱり、千夏は俺が奪われたら、少しは嫌ということなのか?
例えば逆に、俺が家に帰ったとき、千夏と真野がソファでイチャイチャしていたら?
「……っ!」
気付いたら、編集中の字幕にaが無限入力されていた。無意識のうちにaのキーを強く押し続けていたらしい。
千夏もあのドッキリで、今の俺と同じような気持ちになってくれたのだろうか。
「……いや、とりあえず考えるな」
どちらにせよ、ドッキリが心臓に悪いのは確かだし、千夏に謝る必要はあるだろう。
そう思って、俺はこの帰り道でゲームセンターに寄ってきたのだ。
動画を編集し終わると、俺は千夏の部屋の前に立った。
ノックすると、妙なうめき声が聞こえた。起きてはいるらしいので入らせてもらう。
「……なに」
タオルケットにくるまれた千夏が、もそりと体を起こした。
冬川の綺麗なドレス姿とは雲泥の差の、だらしない寝起き姿だ。
「目赤いぞ」
ひょっとして泣いていたのか?
千夏は慌てて目をこすった。
「べつに……なんの用」
「そのー、なんだ、帰りにゲームセンターに寄ったから、UFOキャッチャーしたら取れた。これやるよ」
そう言って、可愛らしいゴリラのぬいぐるみを投げた。
千夏はぬいぐるみが好きだ。この散らかりきった床にも、大小さまざまなぬいぐるみが散乱している。
「……」
千夏はしばらくゴリラをしげしげと眺めると、ふわふわ具合を確認したり、腕や足を動かしたりした。そして次に、キョロキョロとあたりを見回した。
「さすがにお前のプライベートな部屋に、カメラはしかけてない」
いくら動画投稿者でも、無断でそれをしたら変態である。
「で、今俺もカメラは持ってない。だから撮影中じゃない」
千夏は、これがまた何かのドッキリなんじゃないかと警戒していたのだ。
「……そんなことわかってるから」
言いながら、千夏はまたゴリラに目を落とした。その目つきが少しだけ柔らかくなった気がした。
「これで私の機嫌を取ろうっていう作戦でしょ」
「……ま、ぶっちゃけそう」
「私がぬいぐるみ好きだからって」
悪態をついているが、その実彼女の顔は、ほんのわずか緩んでくれている。
このゴリラ、俺も一目見て絶対に千夏が気に入ると思った。
幼馴染の勘だ。
「ま、そんなに上げたいならありがたくもらっておくけど。……でも、これでドッキリが帳消しにできたなんて思わないでよ」
「だからあれ、もともと企画したのは小春だからな?」
「……それでも翼はあんなノリノリにならなくてよかったの」
「なってねえよ!」
「なってた。小春に手握られて、ニヤニヤしてた。ほんと見てられないくらい気持ち悪かったから」
そこまで言う? まあそうだったかもしれないけど。
「はい、もう出てった出てった」
そして千夏はゴリラを抱くと、またこてんとベッドに横になった。
この通常運転で体温の低い感じ。少しは元に戻ってくれたか。
そう思って部屋を出ようとしたとき、
「ちょっと」
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