息を呑むほど美しい
タキシードは、自分で言うのもなんだが、なかなか俺に似合っていた。やっぱり暖色より寒色が似合うようだ。しかも、どちらかというと陰な性格なので、暗さが滲み出た色の方が性に合っている。
などと自虐しながら試着室を出ると、ドレスの試着室からちょうど小林さんが顔を出した。
「あ、お似合いですね」
営業ウーマンとしてそれでいいの? と思うくらいあっさり誉めると、またカーテンを閉めた。
「タキシード姿の彼氏さん、かっこいいですよ」
「彼氏じゃないです……」
小声で一応訂正しておく。
冬川も、いつもならすぐさまそうたしなめるはずなのだが、試着室から聞こえたのは、うんともああともつかない、弱々しい返事だけだった。
「さ、できました」
そして数分後、小林さんがカーテンを開き、ドレスに身を包んだ冬川が現れた。
「……っ!」
それはなんというかもう。
一応用意していた褒め言葉が、全て吹き飛ぶほどの破壊力だった。
「せっかくでしたら、純白のウエディングドレスにすればよかったのに」
隣で小林さんがわざとらしくため息をついた。
冬川のドレスはネイビーブルーだった。Vネックの胸元から、すらりと花柄のレースが足元まで伸びている。ふんわりとした広がりはなく、足の長い冬川によく似合っていた。
「露出は少なめの方がお嬢様の性格にピッタリですし、やはりスレンダータイプが着こなせるお方ですね」
「こ、小林……解説しないで」
冬川の耳がまた赤くなっている。
「どうです、お二人で並んで一枚」
俺は冬川と顔を見合わせた。冬川は絶対に撮りたがっていない。
「お願いします」
しかし気付いたら頼んでいた。冬川は黙って俯いていた。
「お嬢様、もっとお顔を上げて、彼氏さんに近寄ってください」
小林さんが冬川のスマホを構える。隣で冬川がぎこちなく笑ったのがわかった。
「……腕でも組んでみませんか?」
「い、いい加減にしなさい」
小林さん、どれだけ冬川をいじめるのが好きなんだ……。
撮り終わると、冬川はすぐさま小林さんのもとへ飛んでいって、スマホを奪い取った。
「冬川。俺も写真欲しいんだが」
「ダメよ。この写真は私だけが保管します」
ただ写真が欲しいと言っただけなのに、親の仇みたいな目で睨まれた。
「小林。さっさとドレスを脱がせて」
「弊社自慢のドレスですのに。もういいんですか?」
「小林……!」
もはや噛みつきそうな冬川を押さえながら、小林さんはこちらを見た。
「金城さんはタキシード、それで大丈夫ですか?」
「あ、俺は結構気に入ってるんで」
「灯お嬢様、ご感想は?」
冬川は小林さんにつかみかかっていたが、俺にツカツカ歩み寄ってきて、
「……」
こくりと頷いた。
「じゃ、俺これにします」
そう言ってまた試着室に戻ろうとしたら、裾を掴まれた。
振り向くと、冬川が上目遣いで俺を見ていた。
「……私の、感想は?」
「!」
冬川の肩越しに、小林さんが今までで一番ニヤニヤしているのが見えた。
「……あ、あくまで、笹木さんが着るドレスについて、金城くんの意見も参考にしたいからというだけだから」
すごい剣幕でまくしたてられた。
「そ、そうだな……まあ、いいんじゃないか」
「学年一位なら、もう少しマシな言葉があってもいいんじゃないかしら」
そんなこと言われても、褒め言葉は全部吹き飛んだのだから仕方がない。
「じゃあ……」
「じゃあ?」
「……いつもの制服姿じゃ、冬川の魅力が全然伝わらないってことがよくわかったよ」
「……」
冬川は、耳を赤くして俯いていた。
「……笹木さんが着るドレスの参考にするのだから、私とドレスの調和について感想を言ってもしょうがないのだけれど」
「! そ、そうだったな!」
「もういいわ。どうせろくにドレスの知見もないのでしょうし」
冬川はくるりと背を向けると、そのまま顔を見せずに試着室へ入っていった。
「小林。もう着替えるから」
「はいはい。かしこまりました」
小林さんは緩みきった顔で、冬川の試着室に続いた。
「挙式の予定はいつになさいますか?」
その声が聞こえた瞬間、小林さんが殴られたのだろう、肉が叩かれる鈍い音が聞こえてきた。
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