結婚式ごっこ
「どうぞ、ご自由にご覧になってください」
もともと販売するものからして、混雑するような店じゃないのだろう。店には女性の店員が二、三人だけだった。
俺たちを出迎えたのは、三十代くらいの女性だった。俺の姉貴と母親の間の年齢なのは確かだ。
「……まさか今日の担当があなただったとはね」
「お久しぶりです、灯お嬢様」
そしてどうやら、この店員は冬川と知り合いらしかった。お嬢様と言いながらもそれはからかっているニュアンスで、二人の付き合いの長さが伝わってきた。
「お連れ様がいるご来店は初めてですね」
「小林。余計なことは言わなくていいから」
冬川は分かりやすく顔をしかめた。小林と呼ばれた店員は、おもちゃを見つけた子供のように悪戯っぽい笑みを浮かべた。笑うと何歳か若返ったように見える。
「文化祭のためにタキシードをレンタルするから、その採寸に来たのだけれど」
「ウエディングドレスは必要ありませんか?」
「それはまた別の機会にお願い」
「……お嬢様も、高校生になられたのですね」
「つべこべ言わずに、早く彼に合うタキシードを見繕って」
たしなめられてペロリと舌を出す小林さん。この人、素は相当やり手だな。ラブコメなら主人公とヒロインをくっつけようと、余計な配慮でトラブルを起こして楽しむタイプ。
「あの……じゃあお願いします」
「お任せください」
小林さんは早速、ハンガーにかかっていたものを手に取った。
「タキシードは黒が一般的なんですが、お顔写りを考えると紺色がいいかもしれませんね」
「そ、そうですか……」
だめだ、こういう大人の雰囲気の店で接客されるの、慣れてなさすぎる。
「あとは雰囲気を変えて、こちらの光沢を押さえたグレーの一着でしたり……どうですか、灯お嬢様?」
俺の前にタキシードを当てた状態で、冬川に振る。ウエディングドレスを見ていた冬川は、こちらを見てすぐに目を逸らした。
「……まあ、好きに着ればいいんじゃない」
「新婦様のご意見も重要になってきますから」
「小林。……これはあくまで文化祭に使う衣装のためであって」
「わかってます、灯お嬢様が昔からよくされていた、『結婚式ごっこ』ではありませんよね。でもせっかく同級生と、しかも殿方と一緒にご来店されたのですから、少しは自分の理想も押し付けてはいかがですか?」
冬川が……あの冬川が、耳まで真っ赤にしている。
「結婚式ごっこ?」
俺が聞くと、冬川がすごい顔でこちらを睨みつけてきた。
「小林、言わなくていいから……」
と言われて、もちろん引き下がる小林さんではなかった。
「小学生のときに従姉妹の結婚式に出席して、その煌びやかさに惹かれたんでしょうね。以来うちに遊びに来ては、小さなドレスを試着して、鏡の前でうっとりする日々を過ごしておられました。とはいえ一緒にごっこ遊びをするご学友もおりませんでしたから、今日新郎役の男性を連れてこられたのが、きっと内心嬉しくてしょうがなくて——」
「小林、殺すわよ……!」
「こ、小林さん、もう大丈夫です」
「失礼しました」
そう言って、小林さんはぺろりとまた舌を出す。
まさか冬川に、そんなロマンチストな面があったとは思わなかった。
「ではとりあえず、こちらの紺色を試着室で着替えていただいて……私は灯お嬢様のセッティングに移りますね」
「は?」
「そういうことなので、灯お嬢様もウエディングドレスを試着しないと」
「そういうことってどういうことよ⁉︎ それに……」
「さあ、そちらでドレスを選んでください。あ、金城さんは試着室でお着替えしてくださいね。採寸はモノが決まった後で」
いつも我を通す冬川が、こんなにしどろもどろになるのも珍しい。
「……」
お前もなんか言え、とばかりに冬川はこちらを見てきたが、俺は黙って試着室へ逃げた。
なにしろ俺だって、冬川のドレスス姿を少しは見たいのだ。
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