冬川のことを知りたい

 そして結局俺は千夏の説得に失敗し、一人で待ち合わせへ向かうハメになった。


「冬川」

 待ち合わせの時間にはぎりぎり間に合った。冬川は約束通り、七海中央駅の時計台の下に立って待っていた。


「待ち合わせというのはその人の性格が出ると思うの。金城くんはてっきり一時間以上遅刻すると思ったわ」


「お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ?」

「行きましょう」

 そう言うと冬川は、俺に合わせようともせずに一人で歩き出した。


「あ、そういや千夏なんだけど——」

「わかっているわ。行けなくなったと連絡が来たから」


 まあ千夏もそこまで傍若無人ではないから、断りの連絡くらい自分でするだろうとは思っていた。俺との撮影のことを伝えていないといいが……。

「すごく悪質なドッキリを仕掛けられて、今は金城くんと歩きたくないそうよ」

 バレているらしかった。


「お蔵入りにせずきちんと公開してね。楽しみだから」

 そしてこいつも、たいがい人がお悪い。


「そういや、冬川ってどこ住んでるんだ?」

「七海市よ。ななみ大仏が見える」

 ななみ大仏とは、七海市の観光名所の一つの、突っ立っている大仏様だ。


「へえ。デカそうだよな。冬川グループの娘だもんな」

「家の広さはある一定以上まで広がると、幸せと相関がなくなるわ」


 ……つまり家はでかいが、そこまで羨ましがるものではないということらしい。

 家というパーソナルな話で、なんだか急に冬川に親近感が湧いた。今まではほとんど、図書室で会話するだけだった。


 そういえば、当たり前だが冬川の私服を見るのも初めてだ。小春もそうだったが、制服しか見たことがない人間の私服を見ると、なんだか変な気持ちになる。


 白のシャツに水色の薄いカーディガンを羽織り、下はスーツのようなほっそりした黒のパンツ……冬川ってこんなに足が長かったのか。できるビジネスウーマンみたいな印象だった。


「早く歩いてくれる?」

「すみません」

 自然と敬語が出てしまった。


 歩くにつれて、車通りが増えてきた。街に近づいている。行き先は知らされていないのだが、たしか街中にある冬川グループの店に行くと事前に言われていた。


 だがそれにしても疑問なのは、

「ファッションショーで着るだけなのに、採寸が必要ってどういうことだ?」


 所詮は高校生のお遊び。今流行りの洋服なんかを、ショッピングモールのブランド店でテキトーに買い込むものかと思っていた。だがどうやらそうではないらしい。


「やっぱり実行委員会の企画だし、派手に挙行したいのでしょう。冬川グループも文化祭に協賛しているし、せっかくならということじゃない?」

「そこも疑問なんだが、お前のグループ会社って、アパレルブランドあったっけ?」


 あまり詳しくないのだが、冬川グループで有名なのは宝石店とか貴金属のリサイクルとか、そういうものだった気がするのだ。

「意外と知ってくれているのね、グループのこと」

 冬川は珍しく、悪意がなさそうに微笑んだ。


「たしかに、冬川グループにアパレルブランドはないわ。でも私たちの会社から服を借りていく人たちもいるのよ」


 アパレルブランドはないが、服を貸している?


 俺は店に到着して、そのとんちの答えを知った。

「そういうことかよ……」


 ショーウィンドウに飾れられていたのは……ウェディングドレスだったのである。


「……タキシードが似合うといいわね。似合わないと悲惨よ」

 冬川はこともなげに言って、「スノーブライダル」と書かれた看板のある店内に入っていった。

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