◯す、◯せば、◯そう……

 千夏は無表情のまま、スタスタとソファの前まで来た。


「今まで二人で勉強してたんだけど、身についたかどうか確認したいの。私たちに問題出してくれない?」


 千夏は俺の方を全く見ようとしない。かといって小春を見るでもなく、なんというか、俺と小春の間の虚空を見つめていた。


 世界史の単語帳を渡された千夏は、光を失った目で読み上げ始めた。


「……1793年1月に、ギロチンで処刑された元フランス王は」

「ルイ16世」

 俺が答えると、隣の小春が小さく頬を膨らませ、俺の肩に肩をぶつけてきた。


「……むぅ。早い」

 なんだこれ!

 どうやら千夏の目の前で、世界史の問題を解きながらいちゃつく算段らしい。


「フランス革命で処刑された、そのルイ十六世の王妃は」

「はい! マリー・アントワネット!」

 今度は小春が先に答えた。

「……正解」


「やったね。ふふん、どうだ」

 小春はくすぐったそうに笑って俺を見る。


「……1794年、独裁者のロベスピエールが処刑された事件は」

「テミドールのクーデタ」

 今度は俺。


 それにしても、さっきから処刑の問題ばっかりじゃない?


 そろそろ種明かしをしたほうがいいのでは、と思った矢先、千夏が単語帳を閉じた。


「ちょ、あの……ちょっと二人、距離が近すぎるんじゃないかな?」

 そして俺と小春の間に割って入ると、繋いだ手を無理やり引き剥がした。


「仲がいいのは私も嬉しいよ? なんだけどさ……ちょっと近すぎるんじゃないかな? ねえ、つーくん?」

 そして冷え切った目で見下ろされた。


 しかし、千夏がつーくんと呼んだということは……。


 これが撮影だと気づいたということだ。


「ドッキリなんでしょう? どっちから言い出したの? 小春? それともつーくん?」

 ここでネタバラシか? そういえばどうやってネタバラシするかは話し合っていなかった。

 横目で小春を見ると、小春も俺を見ていた。


「……」

「……」

「……『彼氏が別の女に迫ってみた』!」


 仕方ない。小春の動く気配がなかったので、俺が白状することにした。

「小春がな、こんなドッキリやってみたいって言い出してな!」

 な?

「な……?」


 しかし小春は、黙ってにやにや笑っている。


「……本当?」

 聞いてくる千夏の顔も、全く安心していない。

 明らかに、ドッキリだとバラした後の和やかな雰囲気にはなっていない。


「何言ってるの? これドッキリじゃないよ?」

 小春の言葉に、千夏が固まった。


「ま……またまた。何言ってんだよ小春。お前が言い出した企画だぞ?」

 だが小春は、相変わらず俺に寄り添っている。


「私とつーくんは、お付き合いすることになりました。ちーちゃん、ごめんね?」

 何を言ってるんだ小春⁉︎


 千夏と目が合った。心なしか顔が青白い気がする。

「……本当?」


「そ、そんなわけないだろ? 俺はちーちゃんの彼氏だよ。何言ってんだよ小春」

「どうして? さっきはいいって言ってくれたよね?」

「⁉︎」

 小春が俺の太ももをさわさわと触る。そのまま腹をつたい、胸に来た。


「ねえ……? つーくん……?」

 ソファだからこれ以上逃げ場がない! されるがままに小春に押し倒された。


「……ふうん」

 すると千夏は、ふらふらと自分の部屋に引き返していった。

「?」

 そして部屋から金属バットを取って引き返してきた。


 って、ヤダ何それ!

「……おらあぁぁぁぁ!」


 しかもそれ俺に向かってくるの⁉︎

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