背筋が凍る

「来た!」


 小春がソファでスマホをいじり出し、俺は不自然にならないように問題集を広げた。


「あれ? ……小春?」

 千夏がリビングに入ってきた。


「お邪魔してまーす」

「……どうして来てるの?」

 よく考えたら、小春が何の用もなく俺の家に来てるのはおかしい。


「ちょっと勉強教えてほしいなって言ったら、来ていいよって言うから。ね?」

 そして俺のせいにしやがった。


「ふうん……小春が勉強なんて珍しいね」

 千夏の目が離れた隙に、小春は俺に目で「始めるよ」と合図した。


 千夏は冷凍庫の中でアイスを物色している。その前に手を洗えと言いたかったが、なんとか堪えた。


 小春はぐいと俺を引き寄せ、寄りかかるようにしながら、鼻歌を歌って教科書を開いた。


 腕にたしかな小春の体温を感じる。

「せっかく学年一位がいるから、使わない手はないよねー」


 千夏はまだ、寄り添う俺たちに気付いていない。

 そんなに冷凍庫を長時間開けるな、と今すぐ飛んでいきたかったが、それもできない。俺は代わりに小春の髪を撫でた。


「……っ!」

 今の、小春か?

 思わず顔を見たが、表情は崩れていなかった。

 ……耳は赤くなっていたが。さすがに本番だと多少は緊張するのか。


 と思った矢先、耳元に口を寄せられた。

「……手繋ご」


 繋ぎます!

 右手で小春の左手を握る。小さくて柔らかい手のひらが、俺の右手をくすぐった。女の子らしい、きめ細かくてハリのある肌を感じた。


 そのとき、千夏がこちらを振り向いた。

「そういえば小春ってさ……」


 そして、その笑顔のまま固まった。


「……」

 それもそうだ。急に俺と小春が恋人のように手を繋いで、肩を寄せ合って勉強しているのだから。


 というかもう勉強してない。参考書開いているだけ。


「小春ってさ……」

 もう一度千夏が何か言おうとした。持っていた棒アイスには目もくれていない。


 どうするんだ、千夏?


「小春ってさ……真野くんと仲良いよね」

 スルーした! 俺と手を繋いでる小春を無かったことにした!


「そうだね。光一くんは一年のときから同じクラスだしねー」

「ひょっとしてさ……」

 言いながら千夏は冷凍庫に向き直り、アイスを片付けた。そしてまた俺たちの方を向く。


「小春ってさ……」

 そしてまた冷凍庫を探る。だめだ、思考が乱れているらしい。同じところをぐるぐるまわっている。


「ちーちゃん、こっち来れる?」

 そんな千夏に小春が呼びかけた。

「……」

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