やられたらやり返す、倍返しで
さて、ドッキリを仕掛けられたからには、こちらも仕返ししなければならない。
負けず嫌いでなければ、テストで学年一位など取れないのである。
というわけで、どうやって千夏を欺くかあれこれ考えていたのだが、そんなとき小春が声をかけてきた。
「やっほー! うまくいってるみたいだね!」
放課後。教室に残っていると、目の前の席に小春が座った。
夕暮れが照らす教室内に、二人だけ。
外からは運動部の元気な掛け声が聞こえてきている。
「初めての手料理ドッキリ。あれは可愛かったねー!」
「……そりゃどうも」
冬川は頭がキレるため侮れないが、小春も小春でなかなか曲者だ。
いつもニコニコ、いやニヤニヤしていて、何を本当に考えているのか見えてこない。
「私だってちーちゃんの手料理は食べたことないのにー」
「家に来れば食べられるよ」
問題集を解く手を掴まれた。
「ていうか、翼くんってちーちゃんと同棲してるの?」
「……!」
しかし、今更何を隠しても仕方ない。
「同棲じゃなくて、同居な」
「同じでしょ」
「撮影するのに都合がいいから、今だけ俺の家にいるんだよ」
「やっぱりそうなんだ」
小春はふむふむと頷いた。
「じゃあ今度私も、翼くんち行ってもいい?」
「……まあ、千夏がその日料理するかは知らないけどな」
「ううん、むしろちーちゃんは外出してる方がいいな」
「え?」
ぐいっと小春は俺の顔を覗き込んできた。どうもこいつは他人とのパーソナルスペースが狭い。
「帰ってきたちーちゃんに、ドッキリしようよ」
——というわけで、土曜日。
千夏が買い物に出た隙に、小春は俺の家にやってきた。白いTシャツに短いデニム。活発な小春にぴったりの、カジュアルな服装だった。
「お〜! 一軒家!」
そして玄関に入って開口一番、中に入らなくてもわかることを叫んだ。
「今は誰もいないから、俺だけだ」
「じゃあ普段はちーちゃんと二人暮らしってこと?」
「……ま、そうでもなきゃ撮影なんてできないよ」
「それもそうだね」
小春はリビングへ行くと、ソファに飛び込んだ。背が低いせいで、ソファの長さにすっぽり体が収まった。
「あ! カメラってこれのことだね」
そしてテーブルの上に置いていたカメラを手に取る。
「で? ドッキリって何するんだ?」
「『彼氏が別の女に迫ってみた』」
……ん?
「すまん、もう一回」
「『彼氏が別の女に迫ってみた』」
「……別の女って誰のことだ?」
「私」
「……」
「ちーちゃんが家に帰ってきたとき、私と翼くんがイチャイチャしてる……っていう、ドッキリです!」
そして小春は、観葉植物の影にカメラを設置した。
「……なるほど」
たしかにその手のドッキリは、他の動画で見たことがある。
「でもな、小春。それには一つ致命的な欠点がある」
「なーに?」
「それは、彼女が彼氏を好きじゃないと成立しないドッキリってことだ!」
当たり前だが、世の中のカップルチャンネルは本物のカップルがやってるので、このドッキリで彼女はちゃんと嫉妬してくれる。
だが千夏はビジネスカップルだから、俺のことは好きでもなんでもないのだ。だから俺が小春とイチャイチャしても、千夏からあるべき反応を引き出せないのだ。
「なんだ、そんなこと気にしてるの?」
しかし説明すると、小春は鼻で笑った。
「でもそれがないと、企画が成立しないだろ」
「ほんと、バカップルって大変だな……」
「今なんて?」
小春は肩をすくめると、俺にビッと指を突きつけた。
「じゃあ誰でも止めに入るくらい、死ぬほどイチャイチャしちゃおうよ!」
「はあ⁉︎」
「それなら撮れ高もあるんじゃない?」
死ぬほどイチャイチャ⁉︎
「って何するんだよ」
「そうだなー……よく考えたらあんまわからない……。こういう感じ?」
小春が近づいてきて、ピトッと俺の胸に頭を預けてきた。
ちょうど鼻の辺りに小春の頭がきて、甘い髪の香りが鼻に広がる。
さらにこいつは俺の胸から腹にかけて、さわさわと触り出した。
「ちょっ、あの……」
「人って、意外と触れ合うことに飢えてると思うんだよね」
「いや、これ……」
絶対に我慢できない!
急いで後ずさり、小春から距離を取った。
「……ま、密着してれば、ちーちゃんもスルーすることはないでしょ」
「あの、もうちょっと優しい感じでお願いしていいですか……」
「うふ、手つきのこと?」
「違う!」
本当に、冬川とは別の意味で食えないやつだ。
小春に引っ張られて、ソファに座らされた。
「とりあえず、このテーブルで二人は勉強してるってことにして……だんだん私が翼くんに寄り添っていく感じで」
「……」
「最後の方は、もう抱きしめちゃっていいよ?」
「しません」
小春はペロリと舌を出した。どこまで本気か疑わしい……。
その後、カメラで撮影を開始し、オープニングを撮った。
「どうも、つーくんです」
「つーくんって……!」
「笑うな」
「いや、知ってるけど。でも何回聞いても笑っちゃう」
そして、後はドッキリと小春の説明である。
「小春でーす」
小春はカメラに物怖じするような性格ではない。しかもさっき、俺とイチャイチャしても平然としていることもわかった。
どうやらこのドッキリは、俺の精神にかかっているらしい。
こうしてオープニングを撮り終えたとき、玄関の扉の開く音がした。
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