彼女が初めて手料理したら

 え?

「そこ」


 千夏が指差した先を見ると、観葉植物の陰にカメラが仕込まれていた。

「……!」

 ニヤリと笑う千夏。


「彼女が初めて料理してくれたら、彼氏はどんな反応するのか!」


 そして、パチパチと拍手。ま、まさか。


「ド……ドッキリ企画?」


「ちゃんと美味しいって言えたね」

 千夏はぱくぱくと炒飯を食べ続ける。


「うん、やっぱりママのレシピは世界一」

「……ま、野菜の切り方は工夫が必要だけどな」

「え?」


「味付けも最後にやったのかもしれないが、途中でした方が全体に馴染みやすい」

 机の下で、ぽこんと足を蹴られた。

「美味しいんだからそれでいいでしょ?」

「俺はより美味しくする方法をだな……」


「ドッキリに引っかかったのが悔しいからって、嫌味言わないでよね」

 わかりやすく睨まれた。


「……ああ、美味しいよ。美味しい」

「もういいですから」


「……言ってくれたら俺だって合わせたのに」

「なに?」

「サプライズじゃなくたって、料理するって言ってくれたら俺もちゃんと美味しいって言ったよ」


 だから最初は、千夏の料理を怪しんで止めようかと思ったほどだ。


「美味しいって自信があったから、やらせなんかしなくてもよかったの」

「そうですか」


「それに……」

 千夏は手を止めた。


「……ちゃんと喜んでほしかったから」

「……え?」


「昨日の……まあ、とにかく! ちゃんと自分で喜ばせたいって……」

「昨日の?」


「だから……昔の話、したこと」

「!」

 俺は慌ててレンゲを置いた。


「いや……昨日のことはもう気にしてない。昔の話なんて、いいネタになるしな」


 俺だけこだわってるなんて、やっぱりダサすぎるし。

 その上、千夏にこうして変な心配をかけた。


「うん。……じゃあ、この話はこれで終わり! ここ編集のときちゃんとカットしてよ」

「……編集はやっぱり俺なんだな」

 俺は苦笑した。


 だが、二人の間にあった重い空気は無くなった。


「千夏。その指」

 そのとき、千夏の左手の薬指に切り傷を見つけた。

「え? ……あ、ちょっと紙で切った」


 白々しい。それはわかる。

 この企画のために料理の練習をして、怪我したに決まっている。


「……美味いよ、これ」

「……ばか」


 なんだこの空気。初々しいカップルみたいじゃないか。

 千夏は俺から視線を逸らし、なおも食べ続ける。


 だがこれが演技であっても、今のは絶対に動画に入れてやろうと、俺は心に誓った。


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