企画開始

どうぞ、特製炒飯です

 帰宅して俺は千夏にこのことを話したが、返答は、

「知ってるよ」

 だった。


 どうやら真野が冬川に告白し続けて振られ続けているのは、学年でも有名なことらしい。俺は真野の友人だというのに知らなかった。


「……」


 ところで、千夏が珍しくキッチンに立っている。


 普段こいつが進んで料理することはない。じゃあいつもどうしているのかというと、何を隠そう俺が作っている。


 入居二日目、一日中家にいた千夏がコンビニのおにぎりやサンドイッチしか食べていないのを見て、こいつは生活力がゼロだと改めてわかった。そこで俺が作った炒飯を食べさせ、それ以降なんとなく、ご飯係は俺の役目になっている。


 いや、よく考えたら掃除も洗濯も俺の役目だ。逆にこいつの役目って何もねえな。


 だがそんな千夏が、どういう風の吹き回しか、今日はキッチンに立っているのだ。

「……」


 真野が告白していた、という話題が終わると、昨日のことが思い出されてしまった。


 昨日の撮影からなんとなく、千夏と距離がある。

 俺が怒っていたことを、きっと千夏も感じているのだ。そしてまだ千夏は気にしている気がする。


 ……でもどうやって謝ればいいのかわからない。


「手伝おうか?」

 進言したが、千夏は首を横に振った。


 野菜の切り方がおかしいとか、一度床に落ちた具材をフライパンに戻すなとか、言いたいことは山ほどあったが、グッと堪えた。


「……千夏って料理できたんだな」

「……パパとママの帰りが遅いときは、一人で作ってたから」

 絶対に嘘だ。生まれて初めて包丁を持つ手つきをしている。


「……自分の部屋戻ってれば?」

「……火事でも起こされたらたまらんから、見張ってないと」

「私ってそんな信用ないんだ……」

 話したいことはそんなことではない。昨日の撮影のことだ。


 だが自分の口は全然その話題を話し始めなかった。

「そういえば、あーちゃんから聞いた?」

「……あーちゃんって誰だ?」

「冬川灯」


 千夏と冬川ってそんな関係だったのか。性格は違うが、でも不思議と並んでいるところを想像すると、違和感はなかった。


「……で、なにを聞いたって?」


「私たち、今度の文化祭で、実行委員の企画に出ることになったみたい」


 ……もう世の中、俺の知らないことばっかりだ。

「企画ってなんだよ」

「午後に講堂でファッションショーやるから、二人でそのトリをやってほしいんだって」


「どうして冬川が?」

「あーちゃん、文化祭実行委員だから。私、後夜祭実行委員で、その繋がりで友達になって、頼まれた」


 ……なるほど。

 ここまでチャンネルが有名になってしまえば、トリとしても申し分ない。


 要は撮れ高をやるから、文化祭に協力しろということだ。きっと冬川はそこまで見越している。それに俺には拒否権がなさそうだ。それもまた冬川らしい。


「二人で服着て、ランウェイ? を歩けば終わりみたいだから、楽勝でしょ」

「……まあいいか」


「再来週の土曜日、試着しにいくらしい」

「一緒に?」

「うん。三人で」

 おそらくカップルコーデとかやらされるのだろう。


「なんか他の学年にも広まってるみたい、私たちの動画」

「……たしかにチャンネル登録者、また増えてたからな」


 そんなことを話しているうちに、千夏はフライパンで炒め終わり、皿に盛り付けた。


「……よし」

 テーブルに並べられたものは、炒飯だった。

 玉ねぎと人参が不恰好にみじん切りにされている。固まった溶き卵も一つがでかい。上にはパセリ。基本も基本の炒飯だが、作り立ての湯気が食欲をそそった。


「どうぞ。特製炒飯です」

「……」

「……」

「……」

「食べてよ」


 どうして食べないかというと、息を呑む、とはこういうことかと思わせるほど、唇を触りながら、千夏がじっと俺を見つめているからだ。


 どういうことだ?


「……いただきます」

 俺はレンゲで炒飯をすくって口に運んだ。

「……!」


 美味い。塩味は俺が作るものより濃いが、夏にはこれくらいがちょうどいい気がする。


「……ど、どう?」

「美味い」


 千夏は口をキュッと結んで一度下を向き、また俺を見た。

「……どれくらい美味しい?」


「どれくらいって……まあ、最近自分の手料理ばっかりだったから、久々というか」

「もっとはっきり言って」

「なんだよ」

「いいから!」


「……すごく美味しいんじゃないですか? また食べたいです」


 すると千夏は、えへへと笑った。それでようやく、口を結んださっきの反応が、笑みを堪えていたのだと気付いた。


 千夏は、手を合わせて自分でも食べ始めた。


「これ、撮影してるから」

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