そこは意外な組み合わせ

 灰色の苔むした鳥居をくぐり、足をしっかり上げないとつまずきそうな急な階段を上がる。


 上がりきれば、その先はほんの短い参道があり、奥に賽銭箱と拝殿が見える。だが大体ここを使う高校生は、その手前の段差に腰掛けていることが多い。


 バレないように、階段の最後はそっと上がり……そろそろと頭をもたげる。

 段差ではない。賽銭箱の前に、真野と冬川が座っていた。


 冬川!


 二人とも変わらない調子だ。真野はヘラヘラしているし、冬川もあの薄い笑みを浮かべて、冷たい目をしている。

 こうしてみると、案外二人は似合うのかもしれなかった。


 俺は急に、手に汗を握っているのを自覚した。


 そういえば中学三年生のとき俺が千夏に告白したのも、地元の神社だった。


 ここよりもっと大きな、毎年夏祭りが開かれる、地域でも有数の大社である。俺と千夏は同じように、座って話していた。


 思い出してきた。


 前日の夜に、朝晴れていたら告白する、雨ならしないと決めて、起きたら曇りだった。事前に約束した千夏と合流し、神社に着くまでに雨が降ればやめよう……と思っていたが、とうとう雨は降らなかった。


 告白する瞬間、昼に二人で食べたホットドックが出てきそうになった。急に頭がカッと熱くなり、まともに千夏の顔を見られなかった。ボソッと言ったことを千夏はもう一度聞き返し、俺がもう一度答えて、千夏はそれを承諾した。


 ……いや、思い出してどうする。ほとんど自傷行為だ。


「金城くん。何をしているの」

「えっ⁉︎ うわっ⁉︎」

 危うく階段から転げ落ちるところだった。


 いつの間にか目の前に冬川が立っていた。


「真野くんに何か用?」

「いや……今冬川、お前……」


「真野くんに告白されていたわ」

「言っていいのか⁉︎」


「どうせ明日には、学年中が知るところになるでしょう?」

 冬川は平然と言って階段に足をかけた。


「え、その……冬川はなんて答えたんだ?」

「真野くんに用があるなら、ついでに真野くんに聞いたらいいんじゃないかしら」


 冬川はそう言って、まだ賽銭箱の前に座っている真野を振り返った。

 真野は俯いてこちらに気付いていない。


 ひょっとしてしょげているのか?


「でもひとつだけ言っておくけれど。真野くんから想いを聞くのは、これで十回目よ」

「十回目⁉︎」


 全然知らなかった。

 あまりに素っ頓狂な声をあげてしまったので、真野に気付かれてしまった。


「また明日」

 冬川が階段を降りていく。その足取りには迷いがなく、相変わらず凛としていた。


「……」

 顔を上げた真野と目が合った。


奴は変わらない調子で右手を挙げた。

「覗きかよ。趣味悪いぞ」

 遠目では泣いているのかと思ったが、百戦錬磨の真野に限ってそんなことはなかった。


 俺は千夏に告白したとき、オーケーしてもらえたのに泣きそうになったぞ。


「灯ちゃんは相変わらずガードが固いねえ」

「……今日で十回目なんだってな」


「正確には十一回目だね。十回目の告白をして、十回記念に十一回目の告白をしたから」

 なんだそれは?


「毎回告白の仕方も変えてるんだけどね、灯ちゃんが断る理由も毎回違うんだよ」

「……例えば?」

「最初は、コミュニケーション能力が低いとか、リーダーシップがないとか」

 それは告白を断るっていうより、教育指導だろ。


「……でも真野、もうそれ備わってるだろ」

「昔の話だよ。小学校の頃は僕、ヘタレだったからね」


「小学校⁉︎ 冬川とそんなときから続いてたのかよ」

「言ってなかったっけ? 幼馴染だよ」


 そうだったのか。

 真野は……冬川に認められるために、今になるまで努力したというわけか。


「で、僕は毎回言われたことを直して、また告白するっていうね。でも今回は初めて、もうどうしようもない理由で断られた」


「……それって」

「気になってる奴がいるんだと! こればっかりはもうどうしようもない!」


 大きく伸びをして真野は寝転ぼうとし、賽銭箱に頭をぶつけた。

「いってぇ!」


 冬川に、気になってる人。

 俗な話に興味があるというのも最近知った意外な事実だったが、冬川も恋愛するのか。


「……賽銭して神頼みしてみたらどうだ?」

「一番役に立たないアドバイスだな」


 真野は笑ったが、寂しそうな笑顔を見るのはこれが初めてだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る