えっ今から告白するの?

「元気ないな、きんつば」

 そして次の日の高校からの帰り道、早速真野にバレた。


「……いや、そんなことないが?」

「あるでしょ。千夏ちゃんと何かあったの?」

 無駄に鋭い。


「いやあ……」

「なんだ?」

「自分の大事なものを他人に軽く扱われたら、なんとなく嫌だよなあって……」


「うんうん、わかるぞ。僕なんか何度軽く扱われたかわかんないからね」

「……たしかに」


 真野は毎月女の子に告白して、フラれている。いかにも軽い男。それは同級生も皆わかっていて、それ自体が一つのコンテンツになっているくらいだった。

 そういえば、それについてまだ何か聞いたことはなかった。


「真野ってなんですぐ女子に告白するわけ?」

 もしかしたら、何か深い理由があるのかもしれない。

「ん? とりあえず、男子高校生なら彼女欲しくない?」

 ……と思った俺が間違いだった。


「普通に考えて、誰彼構わず告白するやつの告白を受けようとは思わんだろ、たとえ真野がカッコよかったとしても」


「あ、僕ってカッコいい?」

「都合のいいところだけ都合のいい解釈をするな」


 でも実際、顔は悪くない。学力は壊滅的だが人間力も低くない。現に顔は広く、学級委員として俺たちのクラスをまとめている。


 真野はわかっているというように、手をヒラヒラさせた。

「誰彼構わずは違うよ、ちゃんと好きな人に告白してる。きっと人を好きになる速度が他人より早いんだね」


「友達でいいとは思わないのか?」

「わかってないねえ、きんつばくん」

 盛大にため息をつかれた。


「どう考えても恋人の方が楽しいでしょ」

「言っておくが! ロマンス映画やラブコメ漫画を現実に期待してるなら、それは間違いだぞ」


「フィクションよりつまんないから、やめとけって言うの?」

「ああ。想像以上に現実の恋愛ってのは、煩わしさが勝るものなんだよ」

「僕はそれも含めて大好きなんだけどな」

 まったく、こいつは俺と正反対である。


「……で、今月は誰に告白したんだ?」

 今日は八月三〇日。何気なく聞いたら、虚をつかれたのか、真野は一瞬珍しく無防備な真顔になった。


「そんなノルマみたいな言い方しないでよ」

「みんな楽しみにしてるんだぞ」

 真野の爽やかな苦笑。


「今月はまだだよ」

「もう相手の目星はつけてるのか?」


「さっきから言い方に愛を感じないんだけど! 告白だよ? 目星とかじゃなくて、もっとこう、ぐわっとその子に引き寄せられる感じがあってだね」

「はいはい、俺は帰って『めぐり逢えたら』を見ます」


「きんつばは恋愛のペーパードライバーか」

「やかましい」

 面白い方を面白がって何が悪いというのだ。わざわざ現実の恋愛に立ち向かうほど、俺はマゾヒストではない。


「じゃあ、一つ問題。僕が今から告白しにいく女子を当てなさい」

 交差点の横断歩道を渡りながら、腰が抜けそうになった。


「今から⁉︎」

 歩行者青信号が点滅して、慌てて渡り切る。


 だが真野は、続いて青になった右の横断歩道へ歩みを進めた。


「はい、時間切れ。今日はもうこれでお別れだね」

「もう⁉︎」


「もしオーケーされたら、明日報告するよ。じゃあ」

 最後まで軽々と言い放ち、真野は颯爽と走っていく。


 とても告白を控えた男とは思えなかった。いつもと態度が全く変わらないのだ。それとも、むしろあいつはいつも告白を控えた態度なのか?


「……」


 青信号が点滅する。真野の後ろ姿はまだ見える。とはいえあいつは足が速い。性格が軽いと体も軽くて走りやすかったりして。


 気付くと信号は赤に変わり、俺は横断歩道を渡り切っていた。


 覗きとは趣味が悪いが、それでも真野が誰に告白をするのか興味がある。


 五十メートルほど離れながら、跡をつけていく。真野は国道へと繋がる道路から一本脇道へ入り、そのまま森へ向かって進んでいった。

 この先は人気のない神社だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る