チャンネルのご挨拶

 今までの撮影は、日常生活の延長線上にある感覚だった。


 いや、正確には日常的に千夏とイチャイチャすることなんて全くないのだが、それでもカメラの前でトークするなんてことはしなくてよかったのだ。

 だから、いざ家でカメラを前に座ると緊張した。


「なに緊張してんの」

 それは隣に座る千夏にもあっさり伝わっていた。

「撮り直しできるんだから、テキトーでいいじゃん」

「……ま、まあな」

「これじゃ、ザッピング生配信なんて絶対無理だね」


 千夏は本番に強い。そういえば、小学校の運動会では男子に混じってリレーのアンカーを走っていた。英語の発表会でも、クラスを前に噛まずに発表していた。


 昔はそんな千夏が、少しだけカッコよく見えていた。少しだけ。


「何考えてんの」

「……いや。早く始めるぞ」

 家を漁ると新しめのビデオカメラが出てきたので、それを使っている。おそらく父親の趣味とかだろう。


 スイッチを入れて撮影を始めると、千夏が俺の右腕に抱きついてきた。


「はいどうも。かねちーチャンネルの、ちーです」

「……か、かねちーチャンネルの、つ」


 噛んだ。

 二の腕に頭突きを喰らう。


「今まであんなにイチャイチャできてたくせに、なんで喋ると緊張するのよ」

「逆にお前が鋼のメンタルすぎんだよ!」

 気を取り直してもう一度。


「どうも、かねちーチャンネルの、ちーです」

「……つーくんです」

 顔から火が出てこの家が燃えてもおかしくなかった。


「このたび、かねちーチャンネルは、本格的に! チャンネルを動かしていくことになりました! いえーい!」

 千夏がパチパチと拍手する。

「もっとテンション上げろ!」

 そして怒られた。


「……ザッパーってみんなこんな感じなのか?」

「こんなもんだよ」


 何か言っても何も返ってこないから、ひたすら自分たちで盛り上げて喋るだけだ。

 ザッパーのメンタル強すぎる。


「えー、今までは短い動画を投稿してたんですけど、もっと長めの企画とかもやってほしいってコメントをたくさんいただいたので、つーくんと話し合って、やっていこうかなーって、なりました。ね?」

 千夏はそう言って、俺の部屋着のパーカーの裾をつまんだ。


「だな」

「……」

 睨まれた。

「愛を感じないんだよ、愛を」

「……どういうことだよ」


「いいカップルチャンネルは、もう目線とか仕草に、たくさんパートナーへの愛を感じるわけ。だから私も、こうやって翼に嫌々ボディタッチしてるじゃん」

 嫌々なのかよ。

 おかげで、こっちがガチガチになってるのも悲しくなってきた。


「……だから翼も、ちょっとは私に触ったりとかさ」

「そういうのあんまりしないキャラでいきたいんだが?」

「今まであれだけイチャイチャしといて何言ってんの」

「……こういうときにはしないツンデレキャラってことで」

「ツンデレは女の子がやるもの」

 その通りすぎた。


 気を取り直して、次は俺が喋る番だ。


「……えー、これからは、もっといろんなことをやりたいと思っていて……例えば、質問コーナーとか、プレゼント交換とか、ドッキリとか、したいなって感じです」


「他にも、どんなことしてほしいよとか、どんどんコメント欄に書いてくださいね!」

 お前、そんなところ普段ほとんど読まないくせに。


「じゃあ……とりあえず簡単に自己紹介する?」

「そうだな」


「えー、十七歳、高校二年生です。趣味は競輪とボートレースを見ることです。あ、でも賭けはしてないです」

 やってたら違法です。


「あとは甘いものが好きです。つーくんが買ってきたアイスを、よく勝手に食べてます」

「え?」

 そういえば今までも、六個入りのカップアイスが一つ無くなってたりしたような……。


「次、つーくん」

 知らん顔で流された。


「えー……ちーちゃんと同じ高校の十七歳です。趣味は」

「恋愛映画とかラブコメアニメとか見ることです」

「何勝手に喋ってんの」

「ふふ。本当でしょ」


 そう言って腕に腕を絡めてきた。

 明らかにふざけている。……という演技をしている。

 それから俺は、当たり障りのない特徴を二、三喋った。


「これからも毎日投稿を心がけるので、そこで私たちがどんな人か、もっと知ってもらえたらなって思います!」

 近い、近すぎる。めっちゃいい匂いする、何これ。香水の匂い?


「もう一個くらい何か話しますか?」

「……」


「じゃあせっかくだから、馴れ初めでも」


「え?」


 俺たちは今ビジネスカップルだ。だから馴れ初めなんてないはずなのだが。

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