真野、襲来

 そして。

 二学期、高校初日。


 俺は一人で電車を降り、駅から高校へと続く畦道を歩く。

 七海高校は、県内最大のターミナル駅からローカル線で六、七駅いったところにある。夏には田畑が農作物で彩られる立派な田舎だ。


 手でかさを作って空を見上げた。日差しは強い。蝉もうるさい。夏休みが明けても、景色は大してなにも変わらない……と思ったのだが、なにかが違う。


 夏休みを経て、俺も少しは成長して世界を見る目が変わったか……と感慨に浸りかけたが、すぐにそれは間違いだと気づいた。


 逆だ。世界の俺を見る目が変わったのだ。


 同学年の奴が、ちらちらこちらを見てくる。目が合うとにやにやして去っていく。

 まだ登録者数は一万人なのに、ちょっとした有名人になってしまったらしい。

 ここまで広まってしまったのは、もちろん真野の仕業である。


「きんつばくぅん。きみは僕にとんだ裏切りを働いたようだねぇ?」

 すると突然背後から肩を組まれた。


 噂をすれば。


 俺のことを「きんつば」と呼ぶ奴は、この学校に一人しかいない。


「……なんのことだ? 真野」

「僕より先に彼女作らないって約束したよね? なのにあの千夏ちゃんを彼女に、カップルチャンネルってどゆこと?」


 だらしなく着崩した制服と、人に警戒心を解かせるへらへらした笑み。夏休みが明けても真野は真野だった。


「幼馴染ってのは知ってたけど、そこまで仲良くないんじゃなかったの? だからみんな希望を抱いて生きてられたんだよ?」

 どうやら俺がその望みを打ち砕いたらしい。


 だがそれでいいのだ。くだらない恋愛にうつつを抜かさず、学生は勉強していればよろしい。


「しかもカップルチャンネルまで始めて、いきなりプチバズでしょ? 人生の運使い果たしてるよ!」

 ぐりぐりと拳でこめかみを掘られた。なにを言っても逆効果なので、大人しくされるがままにしておく。


「にしても、きんつばがあんなキャラだったとはね」

「あんなキャラとは?」

「彼女と一緒に動画投稿するようなキャラだよ」


 その通りだ。死ぬほど恥ずかしい。

 ……という段階は、昨日の夜に終わった。もう一周回って、なんでも来いという状態になっている。


「……千夏がやりたいって言い出したからな」

「千夏ちゃんってそんな積極的なの?」

「実はな」

「そうなのか……それもそそるけど!」


 悪いな千夏。言い訳に使わせてもらった。


「でも『一緒にお風呂頼んでみた』。これには全俺が泣いた!」

「っておい! ここで再生するな!」

 慌てて真野のスマホを奪い、動画を止める。

「でもこれ入ってないよね? 本当はここで終わったんだよね?」


 俺は腹いせに、スマホを返さないままニヤリと笑ってやった。

「さあ、どうだろうな」

「もし入ってたら、今こうやって普通の生徒のふりして登校してるの、死刑だからね」

「どういうことだよ!」

「『学校一可愛い女の子とお風呂に入りました!』って全裸で叫びながらグラウンドをまわって恥をかいてからわいせつで警察に捕まりでもしなきゃ、僕たちと釣り合い取れないってことだよ!」


 とんだ言い草である。

 真野はまくし立てた後に大きくため息をつき、また俺の肩に手を回した。


「ま、でも僕は、ちゃんときんつばと千夏ちゃんの味方だけどね」

「……そりゃどうも」

「教室でみんなが敵になっても、僕だけは味方だからね!」


 真野の言うことはわかる。男子の間で千夏の人気が高いのは確かだ。敵というのは大袈裟だが、ひんしゅくを買うことはある程度仕方ない。


 ……という見通しが甘かったことに、俺は教室に着いて気付いた。

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