身バレ①

 ……いや、なんだこれ。俺たちはビジネスカップルだぞ。こんなおかしな雰囲気になってはいけないはずだ。


「……この前の『一緒にお風呂頼んでみた』、かなりいい伸びだな」

 気を紛らわすために話題を変えた。


「このまま伸びたら広告申請できる」

「ほんと?」


 俺は投稿を始めてから知ったのだが、ザッピングで動画に広告をつけるには、チャンネルの総再生時間が何時間以上という決まりがあるらしい。前の動画でついに規定を超えられそうなので、後で運営会社に申請しておく必要がある。


「これで百万円への道が始まるってわけだ」

 千夏はクッションを抱いたまま、コテンと横になった。

「思ったより、稼ぐのって時間かかるんだね」


 それは俺も同じ気持ちだった。

 ザッピングを生業とする専業ザッパーの中には、月に何百万と稼ぐ人もいる。だがそこに辿り着くまでは相当大変なのだと改めて実感した。


「このままいけば、二ヶ月以内に百万円稼げるかな?」

「今の登録者じゃ無理だと思う。もっと伸ばす必要があるだろうな」

「……そっか」


 俺は結局、その金を何に使うのか何も知らされていない。


 たとえ幼馴染だろうが、なんでも相手のことを知ればいいというものでもない。十七年も付き合いがあれば、そのあたりの線引きもなんとなくわかる。気にはなるが、俺はまだ聞かないようにしている。


 それに今は、もっと気にしなければいけないことがあるのだ。

 俺はぬいぐるみとにらめっこしている千夏に、ずっと聞きたかったことを聞いた。


「千夏」

「なに?」

「もしこの動画が友達にバレたら、どうするつもりだ?」


 ザッピングをあまり知らなかった俺は、正直今くらいの登録者で、そのうち百万円は稼げると思っていた。だが始めると、もっと登録者を増やさなければならないとわかった。


 それは、知り合いがこのチャンネルを見つける可能性を高めてしまう!

 さすがに恥ずかしいだろ! 知り合いにこんなイチャイチャ見られて!


「私はべつにいいけど」

「え⁉︎」

「彼氏いるってなったら、もう告白されなくて済むし」

「……千夏ってそんな告白されてるの?」

「……月に一、二回は」


 それって、俺が自分へのご褒美にアイス買う回数ぶん告白されてるってこと? これからアイス我慢するから俺にも分けてくれよ。


「羨ましいって目してるけどね、そのたんびに断る身にもなってよ」

「断らなきゃいいだろ」


 ぎゅぅっと目を細めて、思いきり睨まれた。

 しかしそれはつまり、俺が偽彼氏になることで、千夏をナイトのように男から守るということか……。


 ん? いや?


「ちょっと待て。それってつまり、高校でも俺たちはカップルのふりするってことか?」

「うん。だって、動画の中でカップルなのに、高校で赤の他人ってわけにもいかないでしょ」

 まあそれはそうなんだが……。


「ま、どうせ誰も見つけないよ。いちいち心配しすぎなんだよ、翼は」

「……」

 俺も心からそうであってくれと願っている。


 しかし一人、心配な奴がいるのだ。


 そいつは人たらしで人脈が広く、思わぬところから思わぬ情報を取ってきて、皆を驚かせる。

 そいつ——真野光一にバレたら、もう次の日には学校中に広まると言っていい。


 そしてあいにく俺は、真野が近頃唯一といってもいい友人なのである。

 万が一知られたら、好き放題いじられた挙句、全校に晒されるに違いない。


「あ」

「……どうした千夏」


 そして、フラグとは立てるものである。


 俺は、声を上げた千夏のスマホを覗き込んだ。画面は「一緒にお風呂頼んでみた」の動画のコメント欄だった。


「真野」というアカウントから、コメントが残されていた。まんまじゃねえか。


「みたよ」。


 たったそう一言コメントされている。


 夏休み最終日、登録者一万人の「かねちーチャンネル」は、早速高校の友達にバレてしまった。

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