「本物」は手に入らない
俺はもう一度、見せられた動画を再生した。
私たちもこれくらいできそう……たしかに千夏が言うのもわかる。なにせ、ただ家でイチャイチャ、ダラダラしているだけだ。編集はしてあるが、きっとそれは訓練でどうにかなる。
……だが、問題はそこではない。
「質問がある」
「どうぞ」
「……千夏は嫌じゃないのか?」
「なにが?」
「だからその……」
いくらビジネスカップルでも、俺とあんなことやこんなことをすることが、である。
だがそれを言う前に、千夏は平然と答えた。
「嫌じゃないよ」
「!」
「だって幼馴染じゃん」
「……ん?」
「だって幼馴染でしょ。このベッドで一緒に寝たことあるんだよ」
だからそのときは、異性として意識してなかったからじゃないのか⁉︎
「ちょっと触ったりとか、それくらい平気でしょ。ビジネスだもん」
……。
そこで改めて思い出した。
どうして中学三年のとき、俺は千夏と三週間で別れるしかなかったのか。どうしてこいつは今も平然と俺の部屋にいて、顔色ひとつ変えないのか。
千夏は俺を異性として意識していないのだ。
「友達のままでもいいんじゃないかな」
そういえば、別れるときそう言われた。千夏と付き合って最初は浮かれていた俺も、もうそのときはそう思っていた。
三週間で終わるのが必然と思われるほど、あの時間は楽しくないものだった。
「翼?」
また顔を覗き込もうとする千夏から、俺は距離を取った。
「……」
もう一度、カップルチャンネルを見てみた。
コメント欄には、二人の仲の良さを賞賛するレビューが溢れている。
「いつも癒されてます!」「付き合って長いのに、ずっと仲いいの羨ましい!」……現実の恋愛は尊いものだと、信じて疑わない人たちだ。
「……やるか」
「え?」
「カップルチャンネル。俺と千夏で」
急な決断に驚いたのか、千夏はこくんと頷いただけだった。
「カップルチャンネルに幻想を抱いてるやつらに、見せつけてやるんだよ」
俺は想像した。
千夏と二人でイチャイチャした動画を投稿する。再生数が伸び、仲の良さを羨むコメントがずらりと並ぶ。みんな俺たちを本物のカップルだと信じ切っている。
ビジネスカップルなのに!
そしてある日……初めからビジネスカップルだったと暴露する。みんなが見ていたものは全て幻想。現実の恋愛なんて、いくらでも取り繕える、所詮そんなものだ。
——そう、リアルの恋愛など本当はまったく楽しくない!
なんなんだ、「彼女んちのお泊まりが最高すぎて帰宅困難」って。
どこの馬の骨ともわからんカップルのしょうもないイチャイチャより、恋愛映画やラブコメアニメの方が、何倍も面白いに決まっている。
繰り返そう、リアルの恋愛は時間の無駄である!
それは俺が中学三年生のとき、一度千夏と付き合って身をもって体験している!
「……俺がその幻想を全部ぶっ壊してやるよ!」
「だから急に大声出さないでって」
こうして、俺は「恋愛」というものに一石投じるため、そして千夏は金を稼ぐために、ビジネスカップルとなって動画投稿を始めたのだった。
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