俺と千夏の大事な過去

「それにこの私とカップルできるんだからね」


「……カップルできる、とは?」


 千夏はスマホを俺に見せてきた。それはザッピングのモバイルサイトで、「かねちーチャンネル」という名前が表示されていた。

「なんだこれ?」

「カップルチャンネル。もう作っておいた」


 当時の俺はその存在を知らなかった。ザッピングをほとんど利用してなかったのだ。

「カップルチャンネルってなんだ?」

「知らないの?」

「……まあ概念はなんとなく伝わってきたが」

「これだから勉強しかしない子は困っちゃうよ」


 わざとらしくやれやれと肩をすくめて、千夏はスマホをまた突き出した。

 見せられたのは、名前も知らないチャンネルだった。だがアイコンが顔を寄せ合った男女二人だから、これがカップルチャンネルなのだと察しはついた。


「この動画見て」

「『彼女んちのお泊まりが最高すぎて帰宅困難』……変なタイトルだな」

「彼女んちに来た彼氏が、お泊まりが最高すぎて帰宅困難な動画」


 それの何が面白いんだ?

 ……と尋ねないだけの分別は、さすがの俺にもある。

 再生すると、彼女が彼氏の部屋に入ってきて、あとはひたすら日常会話をしながらベッドでイチャイチャするだけだった。


 なんという内容の無さ!


「このチャンネル、登録者百万人だよ」

「百万人⁉︎」


 さすがの俺でもそのすごさは知っていた。こんなので登録者百万人になるのか。


「これくらいなら、私たちもできそうだと思わない?」

「できそうって……これをやるってこと?」

「そう」


 なるほど、千夏と「カップルできる」というのはそういうことだったのか。


「って、俺と千夏が⁉︎」

「! 急に大声出さないで」

 それってつまり、俺と千夏が付き合うってことだよな?

「千夏——」

「勘違いしないで。やり直したいわけじゃないから」

 千夏が俺を遮って言った。


 やり直したいわけじゃない。


「ビジネスカップルとして、動画の中だけカップルのふりをするってことだから」

「……ああ、そうだよな、そうじゃなきゃおかしいよな」


 俺は、自分の手がじわりと汗ばんでいたことに気付いた。


 何を動揺している。千夏がもう一度俺と付き合うはずがない。もちろん、俺だってもう千夏と付き合いたいなんて思わない。あれは中学三年のときに終わったのだ。


 ……気を取り直して続けた。


「なんでこんなことやる必要あるんだよ」

「お金が欲しいから」

 うちの高校はバイトが禁止されている。たしかに、金を稼ぐ方法は限られている。


「……いくら?」

「百万円」

「——ひょっとして、百万円と、家出してきたことは何か関係あるのか?」

 千夏は答えずに、俺を見つめた。


「……やるかやらないか、それだけ教えて」


 その言葉にふざけたニュアンスはなかった。

 そもそもこんな雨の日、ずぶ濡れになって家に来るなんて、少なくとも普通ではない。

 ……。

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