千夏、襲来

 その日は自宅で、夏休み中盤を満喫していた。


 俺と千夏の通う県立七海高校は、地方にある割には大学進学率の高い、(自称)進学校。全員が有名大に行くわけではないが、県東部に限ればまあまあの進学実績を誇る。つまり高校三年生の夏休みは、それなりに受験勉強で忙しくなる。


 だから今、高校二年生の夏休みが、実質高校生活最後の、夏休みらしい夏休みなのだ。


 とはいえ、自他ともに認めるインドア派の俺には、誰かと海に出かけるとか花火を見るとかの趣味はない。


 やることといえば、部屋のクーラーをガンガンにつけて、恋愛映画やラブコメアニメを見たり、ラノベ(ラブコメ)や少女漫画(恋愛もの)を読んだりするくらいだ。

 両親が家に帰ってくるのは二、三ヶ月に一回程度。大学二年生の姉貴も海外旅行でいない。一軒家に一人で、俺は思う存分フィクションを満喫していた。


 笹木千夏は、そこに襲来したのだ。


 インターホンが鳴ったときは、雨が降っていた。玄関のドアを開けると、スーツケースを引いたずぶ濡れの千夏が立っていた。


「どうしたんだよ⁉︎」

「お邪魔します」


 千夏はその場で着ていたTシャツの裾を絞った。水がぼたぼたと垂れて乾いていた土間を濡らした。


「って本当に邪魔しにきたな⁉︎」

「シャワー借りるね」

「……どうしたんだよ」

「答える間に風邪引いたら、翼が看病してくれる?」

「……お湯出すから、早く浴びてこい」

「覗かないでよ」

 表情は固いが、冗談を言う余裕はあるらしかった。


 玄関にスーツケースを広げて着替えを引っ張り出すと、裸足のままペタペタ洗面所へ消えていく。ケースの中はぐちゃぐちゃで、いかにもガサツな千夏だった。

 ……そして俺はもちろん、スーツケースについた水滴と泥を丁寧に拭いた。こんなものをこれ以上部屋に上げられてはたまらない。



 風呂から上がって着替えた千夏は、俺の部屋に入るなり、ベッドにばふんと飛び込んだ。

「せっかくメイキングしたシーツにシワがいくんだが!」

「昔は一緒にこのベッドでお昼寝したでしょ」

 それは小学一年生のときとかだろ。まだお互い体格差がなかった頃の話だ。

 よく考えたら、彼女を自分の部屋に上げたのはその小学校以来だった。


 千夏は渋々カーペットに降りると、ぺこりと頭を下げた。

「しばらくこの家に住むことになりました」


「……は⁉︎」


「友ちゃん、夏休み明けてもしばらく帰ってこないんだって。話したら部屋使っていいって言うから」

 友ちゃん、とは、金城友。俺の姉貴のことだ。

「なんでここに住むんだよ⁉︎ 家すぐそこだろ‼︎」

 すぐそこ、というのは大袈裟ではない。俺の家の三軒下である。


「親御さんはなんて言ってるんだ⁉︎」

「知ってるでしょ。うちの親、放任主義だから。心配なら、翼の家に泊まるって言ってあげるけど」

「……」

「私と一つ屋根の下で、嬉しくないの?」

「……っ!」


 千夏はぐいと俺に顔を近づけてきた。


 俺とこいつは同じ七海高校、しかも今は同じクラスだが、思えば最近はあまり会話していなかった。こんな思わせぶりな千夏は、中学以来だった。


 突き出された女の子のふくらみが昔より大きく、目のやり場に困る。それになんかいい匂いがする。しかも風呂上がりで下着をつけていないのだ、Tシャツから形が透けて見える!


 冷静に……と古典の授業で習った平家物語を脳内で暗唱していると、また衝撃の一言が告げられた。

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