これがビジネスカップルです
カップルチャンネル。
それはこの動画投稿戦国時代における、立派な戦略の一つだ。
世界的な動画投稿サイト「Zapping(ザッピング)」の投稿者は、「Zapper(ザッパー)」と呼ばれる。人気ザッパーになれば、動画の広告収入や企業案件だけで大金持ち。その旨味がわかった瞬間、みんなこぞってザッピングに動画投稿を始めた。
ザッパーの活動人数はソロだったりグループだったりで、やがてカップルという形態も生まれた。通称「カップルザッパー」のジャンルは、お笑い系から企画系まで多種多様である。
でも結局視聴者は、カップルの仲の良いところが見たいのだ。
だから、例えば数十秒イチャイチャしただけの動画でも、カップルチャンネルでは一つの正解といえる。
「編集終わった?」
リビングでノートパソコンをいじっていたら、バスタオルを頭に巻いた千夏がいつの間にか後ろに立っていた。
グレーのタンクトップに黒のショートパンツ。胸に視線が行きかけたのを慌てて下げたら、下は下でぼんやりラインが浮き出ていて、目のやり場に困った。
咳払いしてパソコンに向き直る。
「もう投稿しといた。……って聞けよ」
質問しておきながら、俺の答えに興味はなかったらしい。千夏はソファに座り、抱えていた洗濯物をばさっと投げ捨てた。
「洗濯物は乾燥機から出したらすぐに畳んでくれ」
「わかってるよ。今やろうとしてたんだよ」
千夏は恨めしげな視線を俺に向けて、バスタオルでガサガサと髪を拭いた。
「ああっ、髪の毛落ちるだろ!」
「細かい。どうせ明日掃除機かけるんだから」
「俺がな! お前じゃなくて俺がな!」
千夏が俺の家に居候し始めてから、二週間が経っていた。
こいつが雑でガサツでだらしないことは、ずっと前からわかっている。それは俺たちが、0歳保育からの腐れ縁——世間では幼馴染ともいう——だからだ。だがこの二週間で俺は改めて、千夏のルーズさにうんざりしていた。
それにずぼらなのは生活習慣だけじゃない。例えばこいつは動画編集を交替でやると約束しておきながら、結局サボって全て俺に押し付けている。
「千夏も少しは手伝ってくれよ」
「やだ。結局翼が細かく文句言ってくるじゃん。字幕のフォントがどうとか」
当然だ。なにせこんなに中身のないしょうもない動画、フォントにこだわらずしてどこにこだわるというのだ。
「じゃあせめてちょっとは応援とかしろよ」
「応援ってなに」
「肩揉んであげるとか、飲み物を差し入れるとか」
すごい目で睨まれた。こんなお願い可愛いもんだろうが。でも可愛いやつは睨んでも可愛いから、本当に世の中は不平等だ。
千夏が冷蔵庫に行ったので、そうは言っても情けでジュースでも取ってくるのかと思ったら、自分の分のアイスだけくわえてまたソファに戻ってきた。
そして俺など無視してスマホを眺めながら、ちろちろと舐める。
……。
とはいえ、この光景が二人の通常運転だった。
撮影するとき以外、無理に関わりはしない。
まあ、ビジネスカップルだから当たり前である。
本物のカップルなら、例えば彼氏がパソコンで編集していると、「構ってよー」なんて彼女が後ろから首に腕を回してくるのかもしれない。すると彼氏もちょっかいを出し返して、そのままリビングの床で何かおっぱじまるのかもしれない。
だが何度でも言おう。俺たちにそういうのは一切ない!
「翼」
千夏がスマホから目を離さず話しかけてきた。
「なに」
「もうすぐ夏休み終わるけど、なんかした?」
「……前半は宿題やってた。後半はお前と動画撮って編集してた」
「なんにもやってないってことじゃん」
「そういう千夏はどうなんだよ」
「……前半は宿題やってた。後半は翼と動画撮ってた」
お前も何もやってないじゃないか。
「あ、でも小春と二人で夏祭り行ったな。あとクラスのみんなで花火とかゲームとか」
ヤダ怖い、なにそのフェイント攻撃。しかも友達が少ない俺にクリティカルヒットなんですけど。
「そういえば翼は同じクラスなのに、『クラスのみんな』にいなかったような……」
とどめを刺すな、とどめを。どうせ俺はその時間動画編集してたよ。
「相手が俺じゃなかったら今頃泣き出してるぞ」
「こんなこと翼にしか言わないし」
……まったく。本当は感謝で一緒に風呂に入ってくれてもいいくらいだ。
なにせ、「かねちーチャンネル」をやりたいと言い出したのは、千夏なのだから。
俺はチャンネルのホーム画面——今までアップした動画群を開いた。
「彼女にこちょこちょしてみた」「寝起きで機嫌が悪い彼女」「動画見てる彼女を邪魔してみた」……どれも短く編集もシンプルな動画だが、そこそこの再生数を記録している。
そもそも、どうして俺たちがビジネスカップルを始めたのか。
それは二週間前に遡る。
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