学校一の美少女幼馴染とカップルチャンネル始めた話したっけ?

にしざわ

なんでそうなってんの?

彼女にお風呂頼んでみた

 俺の家の洗面所で、一人の美少女が歯磨きをしている。


 なんかちょっとだけエロい。

 だが彼女の歯磨きを見るのは、これが初めてではない。最初に見たのはたぶん保育園のときだ。時が経つとこうも歯磨きの印象は変わるのか、となんだか感心した。


 ……いや落ち着け、金城翼。お前が今洗面所の入口に立っているのは、こんなことを考えるためではない。


 美少女——笹木千夏は歯磨きを終え、ぶくぶくと口をゆすぎながら下を向いた。その隙に俺はこっそりと背後に忍び寄った。

千夏が顔を上げると、鏡越しに目が合った。


「えっ、なに?」

 びくりと肩をすくめてこちらを振り返る。

 しかしその後すぐ、千夏はどうして俺が入ってきたのか察したらしい。


 それはおそらく、俺がスマホのカメラを向けているからだ。


「ちーちゃん、一緒にお風呂入ろ」

「え?」

「お風呂。今日はちーちゃんと入りたい」

「……」


「ちーちゃん」とは、高校で友人から呼ばれている千夏のあだ名である。

 俺の申し出に千夏は一瞬びくりとしたが、すぐに気を取り直したようだった。

しばらくこちらを上目遣いで見つめた後、照れたように笑って視線を外す。そして、とん、と俺の胸あたりを拳で軽く突いた。


「いくら彼氏が相手でも、ちょっとは恥ずかしいんだよ?」

「ちーちゃんと体洗いっこしたい。だめ?」

「……っ!」

 拳の次は、腹に頭突きされた。しかしこれも単なるじゃれつきにすぎない。


 俺は右手でスマホを持ったまま、左手で千夏の手を握ると、彼女の顔が画面いっぱいに広がるよう近づいた。

 千夏は画面越しにこちらを見つめている。唇を触っているのは照れたときのクセだ。


「……もー、わかったって」

 すると千夏は、するすると左手を滑らせて恋人繋ぎに変えた。

「今日だけ特別ね?」


 ——そしてすぐさま左手を振りほどくと、キックボクシングのごとく俺の左膝に強烈なひと蹴りを入れた!


「いっっ……てぇぇ!」

「はい、もう撮れ高あるでしょ。出てって」

「け、蹴らなくてもいいだろ⁉︎」


 さっきまでの甘ったるい声もはにかみもない。千夏は相撲の張り手よろしく、パシパシと俺を洗面所から追い出すと、勢いよく引き戸を閉めた。

「あの、今日だけ特別というのは……」


「調子乗らないでくれる? 私たちビジネスカップルなんだから」


 ビジネスカップル——それは本来付き合ってもいないのに、ビジネスのために恋愛関係を偽装するカップルのことである。


 そして、俺と千夏のことである。


すごすご退散しようとしたら、千夏が扉から顔だけ覗かせた。

「今の動画、編集よろしくね」

「……」

何が「よろしくね」だ、ときどき自分も手伝ってるニュアンスを出すな。いつでも俺の仕事になってるだろ。


 一矢報いようと、俺は表情筋を動かして努めていやらしく笑った。

「結局中学の頃から身長伸びてないよな」

「……っ! うっさい」

 閉まりかけていた扉がまた開いて、歯磨きコップが飛んできた。

 栄養は全部胸にいっちゃったんだよな、と付け加えようと思ったが、次はドライヤーのプラグを鼻に突き刺されるかもしれないのでやめておいた。

 とにかく、これが本当の笹木千夏だ。


 さっきのだだ甘なやり取りは、俺たちのカップルチャンネル「かねちーチャンネル」に投稿するための、クサい演技だったというわけである。

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