第40話 妹に呼ばれるなら
美人で胸がデカくて、包容力があっていい匂いがして胸がデカくて、優しくて何でも許してくれて柔らかそうで胸がでかい姉属性がいたとする。
そして「キミが望むことなら何でもしてあげるよ」なんて言われたら、そりゃもちろん何でもしてもらう。
してもらわないやついるか?
いねえよな?
だが、それが妹からの台詞ならどうだろうか。
「な、なんでも?」
「はい、私にできることなら……お礼に何でも」
はにかんで、真白が頷く。
オレはちょっとどうしていいかわからなくなった。
これは、何を頼むのが正解なんだ。
下手な要求をすれば、妹たち全員(特にうらら)から軽蔑の視線が突き刺さるに違いない。
真白の申し出を断るにしても、「さあどうぞ!」と言わんばかりの期待した表情で待っている彼女にそれは言いにくい。
いらないだとか、必要ないとか、ばっさり切り捨てれば3番目妹の機嫌がみるみる曇っていくのは何となく想像がつく。
あれだ、せつろの大人版みたいな感じだ。
いつぞやのしおしおせつろが思い出される。
そこまで考えて、結局行き着く思考は「あー妹(血が繋がってない)ってめんどくせえなぁ!」だった。
絶対言えるわけない。内心に秘めておきたい感想だ。
「じ、じゃあ」
「はい!」
オレの返答を聞き逃すまいと、少し前のめりで、真白が相槌を打つ。
「晩飯のとき、オレの好物作ってくれたらそれで――」
「そんなのお礼じゃなくてもします」
女子高生に頼む行為としてすごく健全でいい提案のはずだ。だが、返ってきたのは足りないと言わんばかりの真白のジト目だった。
え、だめ?
すごくいい湯加減みたいな、絶妙な提案だろこれ?
「柊桃さんカツ丼好きですよね? 次の私の食事当番のときにご用意しますね」
「……あ、はい」
「食後にはお気に入りの桃のゼリーか桃のヨーグルト買っておきますね」
「……ありがとうございます」
「はい、次!」
「次!?」
行列のできた飲食店で素早く客の注文を捌くように、オレの夕食希望が決定して流されていく。
しかもこれで終わりではないらしい。
彼女の納得するお礼を考えねば一生終わらない気がする。
オレは相当追い詰められていた。
帰って来てから真白に呼び出され、押し倒されて目撃されて、地獄みたいな空間でピザ食って、夜中に真白に呼び出されて、もう散々だ。
だからぽろっと本音がこぼれてしまったのは、仕方ない。
「……オレへの呼び方が」
「はい!」
「もう少し他人行儀じゃない感じでも……いいんじゃないか?」
真白はオレのことを『柊桃さん』と呼ぶ。
あまり親しくない2歳上の異性になら、そんなに違和感のない呼称かもしれない。むしろ苗字じゃなくて名前呼びなのだから、普通より近しい気もする。
でも、同じ家に住む一応兄妹の間柄である人物に向けるにはちょっと、その、ほらあれだ。冷たい感じがする、というかいや距離があるというか。
並び立っても、間に空気のクッションを入れられたみたいに反発され、何もないのに近寄れない。
常日頃、妹と名の付くものには関わりたくないと宣言しているオレだが。真白たち3姉妹が新しく家族になったときには、仲良くしようとはした。一応。
ええ、はい結果は御覧の有様です。
でも、だからこそ、真白に要望を聞かれて、初期の頃の思いがひょっこり顔を出してしまった。
「ぐ、いやちょっと待て、今のなし! 別のことにするから!」
先のことを想像して、慌ててオレはこれまでの発言を否定する。
穏やかに卒業まで過ごしたかっただけなのに、余計なことを増やしかねない。
「呼び方……」
あ、ダメかもしれない。真白が考え込むモードに入っている。
3番目妹の表情がぱっと明るくなり、自慢げに胸を張った。
「お任せください!」
「任せられない!」
「私も以前からこう呼んだ方がいいのかな、とか色々と思案していたのです!」
「あ、そうなの?!?」
いかん。よくわからんがハイになっているぞ、真白。
「……で、では呼びます、ね?」
ここまでオレが勢いを殺せないほど盛り上がっていた少女は、なぜだか急に歯切れが悪くなる。
少し深呼吸をし、ゆっくり瞬きをした後、正面にいるオレをしっかりと見据えた。
真剣な様子に飲み込まれたかのように、オレは黙って彼女の前で座っているしかない。
真白は困ったような表情で、頬を少し赤らめる。
そうだ、我が妹(血の繋がりはない)は、悲しいほどに美少女だったっけ。
これはヤバいかもしれない。
衝撃に備えて心の整理を始めたが、どうやら間に合いそうもなかった。
「……兄さん」
とししたのとてもかわいいおんなのこになぜだかにいさんとよばれるこうげき。
照れているらしい真白の頬はまだ赤いままで、誤魔化すように自身の黒髪を弄んでいる。
オレに妹属性に反応する心はない、ないはず……だが。
とある妹設定好きの眼鏡のクラスメイトがサムズアップする様子が脳裏に再現される。オレが勝手に想像したものだが、腹が立つほどいい笑顔をしていた。
違うからな、お前の言い分を認めたわけじゃないからな、調子に乗るなよ。
「では、今後もよろしくお願いしますね、兄さん」
オレがぼけっとしてる間に、真白は茶器を手早く片付け部屋を退室しようとしていた。
まずいこのままだと明日から兄であるオレへ呼びかけが、兄になってしまう。いやダメなのかなこれ?
「ま、真白、そのやっぱり……」
「夜遅くに付き合ってくれて、ありがとうございました。おやすみなさい」
満足そうに柔らかく微笑まれて、オレは何も言えなくなる。
その表情があまりに良すぎて、他の男子たちからかなりモテるだろうと察した。正直わかりきってたことではあるんだが、改めて身をもって感じました。
あーはいはい、もう寝るしかないなこれ。
ん、もう寝るしかない?
広いLDKに残されたのはオレひとり。
結局呼び名についてオレが火種を放り込んで回収できず爆発した形となったが、自業自得だ。真白のあの顔を見てしまっては止めようがない。
内心で笑って誤魔化して、自室に戻って眠りに落ちた翌日。
事態は想定より悪化した。
遠くで、誰かに呼ばれた気がして軽く返事をする。
ぼんやりと意識が揺蕩う向こう側で、木製のドアが開く音と誰かがフローリングを踏む音。聞こえたのか聞こえていないのか、わからない。
しかし呼びかけは確実に大きくなった。
「……ん」
甘く溶け込むような声がぐっと近くなる。
「……さ、ん」
柊桃、さん? これは真白か?
いや何で。
「兄さん」
聞きなれた、しかしあまりにも聞きなれない単語に、意識が一気に覚醒した。
「おはうござます、兄さん」
「は、ま、真白?」
「そうですよ。寝ぼけてますか? ちゃんと入室の許可はとりましたからね?」
「どー、して?」
「朝ごはん、今日はみんなの分を私が作ったので、呼びに来ました」
あり得ないことが起こると人間すぐには動けないらしい。
「ふふ、お休みだからっていつまでも寝ていてはだめですよ」
ぷにっとやわらかい指先で額を押される。
近い。物理的にもだが精神的にもかなり近い。
これまでの真白ならしなさそうな挙動でオレを動揺させた後、彼女はひざ丈の制服のスカートをふわっと翻してドアへと歩いて行く。
「じゃあ待ってますから、……兄さん」
あまりの出来事に夢だったと結論づけたオレを待ってたのは、ただの現実の食卓だった。
その後、朝食の席で妹たちと一緒になり、真白のオレへの呼び名が変わったことでとんでもない表情と叫びをしたうららと大バトルへと発展することに、なる。
なるが、特に思い出したくもないし語りたくもない。
いもうとぞくせいとらいふる 坂巻 @nikuyakiniku1186
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