第39話 妹が何でもしてくれるなら

 真白が頼んできた通り、オレは彼女の秘密を守ると口にした。


 と、カッコつけて言ってみたが、大したことはない。

 だって、外出中に知り合い見つけて声かけずに出会わなかったことにするってだけの話だろ。

 割とある展開じゃないか? たぶん。


 だが、真白的には極めて重要で繊細で切実な願いだったらしい。

 オレへの丁寧に接しつつもやんわりと身を引くあの感じではなく、小槇やうららに頷くような歳の近い少女たちへの距離感でもなく、美砂やせつろへと向ける優しい姉の表情でもない。

 素の、ひとりで食事をする真白があそこにはいた。

 最初の対応的にどうやらその姿は彼女にとって見られたくないものだった。


 だからこそ、オレは使う気もなかった多岐川直伝の呪文(呪いに近い何か)を使用してみた。これで真白の心が落ち着けば、オレの今後の生活もちょっとは好転するかもしれないし。

 事態の底は美砂にとんでもない状況を目撃された所なので、これ以上オレと妹との関係が悪化することはないだろうし。……ないよな?


「……卒業、ですか」

 軽く目を見開いて、真白は続く言葉を飲み込むように口を閉じた。


「そうそう、あと1カ月もすればオレもういないから。オレに見つかったって焦ってたみたいだけど、誰にも言うわけないだろ。それで真白を困らせてやろうとも思ってない」

 両手を上げて武器を持っていないポーズのイメージで語りかける。

 大丈夫だぞ、怖くないぞ、とじりじりと妹に近寄っている気分だ。


「そう、ですよね。……柊桃さんがそんなことするはずない、ですよね」

「そうだよないない」

「……いつも、私たちのことを気にしてくれますし、うららちゃんとも仲が良いし」

「それはない」


 どうして突然うららの話なのかはわからなかったが、何かがすんなりと真白の中で落とし込めたらしい。割とすっきりとした顔をして、オレの返答に笑っている。

 数時間前のソファ近くで迫ってきた彼女とは全く違った。


「すごく今更ですけど、説明させてください。柊桃さんがおっしゃった通り、一人で過ごすために数か月に一度くらいああやって食事してるんです。日々の息抜きとか休憩みたいなものなので、もしバレて心配されたら嫌だなと思って誰にも言ってなかったんですけど、今日は柊桃さんと遭遇してしまったみたいで」

「バレたくないって、美砂やせつろか?」

「……そうですね。ちょっとキッチンのテーブルでぼーとしてるだけで休みなよって言ってくるぐらいの優しい子たちなので、内緒にしておきたかったんです」


 わからないでもない。

 真白が妹たちを大切にしていることが伝わってくるのと同様に、美砂もせつろもいつも姉を気にかけている。この間のせつろのバレンタインのクッキーや、怖すぎる美砂のあの忠告も、つまりはそういうことだろう。


 一人でいたい願望は、一緒にいたくないと捉えることもできる。

 美砂とせつろが姉のお忍びの時間を知った時にどのような反応をするかは未知数だが、どう転ぶか不明のまま真白は自身の秘密を知られたくなかったのだ。


「だから柊桃さんにバレたとわかって、とにかく隠さなきゃという思いしかなくて……もっと早く冷静になってハンカチのお礼を言えれば良かったんですけど」

「さっき言ってくれただろ。遅いとか早いとか無いしもう十分だよ」

「いえ、足りないですよ! これ、誕生日に美砂とせつろがくれた物なんです。私の名前が刺繍してあるすごく大切なハンカチで……見つかって本当に嬉しかったんです」


 テーブルの上に置かれたハンカチを、真白が優しく撫でる。

 ほっとした表情の彼女にオレは自分の判断を少し褒めたくなった。


 ラーメン屋で妹がハンカチを忘れていった時。

 そのまま店を出て行くことを一瞬考えた。


 しかし、ちらりと見えてしまったのが真白の名前の刺繍だ。

 明らかに誰か近しい人からの贈り物。真白が自身で買ったことも考えられるが、彼女が普段使っている小物にしては高級すぎる。ならやはり、プレゼントの可能性が高い。

 その大切そうな品を店のテーブルに残したまま帰るのは、何だか後味が悪かった。

 気が付けば、それを手に取って会計を済ませ店を出ていたのだ。


 その後持って来てしまったことを散々後悔して多岐川に相談するという流れになる。やっぱりあの人の良さそうなラーメン屋の店長に任せれば良かったとまで考えたが、終わりがよければそれでいいだろ。もうそれでいこう。


「柊桃さん、できれば何かお礼をさせてください」

「いやいらない。言葉だけでいい」

「そう言わないでくださいよ。もうすぐ卒業するって改めて言われて、一緒にいられるのもあと少しだけだと思ったら、今のうちにしっかりお礼をしとかないとなーって」


 真白にしては珍しく、瞳を輝かせ子どもっぽい感じでテーブル越しに近づいてくる。

 予想外な感じで、多岐川から教えられた呪文が突き刺さったようだ。

 というか変な効果出てないか。『発動効果:相手の積極性が高まる』とか聞いてないぞ多岐川!


「え、いらな」

「ほら、遠慮しないでください。私に何かできることないですか?」


 ぐいぐいと普段には無い強引さで、真白に話題を押し付けられる。


「は? できること?」

 思わず聞き返してしまったオレに、特に深い意味はない。

 だが、真白は少し黙って目線を急に逸らす。彼女の頬は何故だか赤くなっていた。


「わ、私にできる範囲のことなら、何でも。――してほしいことありますか?」

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