第37話 妹たちとの夕食から逃げたい

 本日の食事当番という名の晩御飯を決めていい係はせつろだった。彼女の要望通り食卓には様々なピザが並んでいる。

 偶然にも集まったせつろの姉(血が繋がらないも含む)たちの好みも反映され、1枚のピザは複数の味が組み合わされていた。それの大きいサイズが2枚とサラダなどのサイドメニューだ。


 一見、楽し気な家族のピザパーティのようだが、オレにとっては地獄である。

 うららと喧嘩中の時とはまた違う気まずさだ。


 最初、自分の分のピザを取り分けてオレは部屋へ逃亡しようと画策していた。

 だが現在最も近寄りたくない妹に捕捉されてしまったのだ。


「え~、しゅうぴお部屋でご飯食べるの? 一緒にみんなで食べようよー。人少ないとパーティー感でないじゃーん!」

 美砂は軽く食事を誘っているような雰囲気だが、瞳の奥には冷淡さが透けて見える。


 正直言って、今同じ食卓を囲みたくない。

 数分前にオレと真白と美砂であの大混乱の修羅場を乗り越えたばかりだぞ。いや綺麗に乗り越えられましたね、と満足感を得る終わりではなかったけど。


「ね? うりゃちゃんもそう思うよねー?」

「あたしはどうでもいいかな。好きにすれば?」

 後からリビングダイニングキッチンにやってきたオレの実妹うららは、興味なさげにグラスにオレンジジュースを注いでいる。


 何でこんな時だけ受け入れるんだよ!?

 オレのこと嫌いだろうが、もっと嫌がれよ!

 やる気が足りてないぞ、うらら!


 飲み物の準備が進み、食器類も用意され逃げ場は潰されていく。


「しゅう兄、座らないの? それとも部屋戻るの?」

 確認してくれたのは小槇だったが、直後オレは自室への逃亡を諦めた。


「え、しゅうにちゃ、いっしょに食べてくれないの?」


 5番目妹のせつろに不安そうな瞳で問いかけられる。

 幼い彼女に服の裾をきゅっと軽く引っ張られた。捨てられる直前の小動物みたいな弱々しさだ。さすがに泣きそうな子ども相手に拒否はしにくい。


 オレが「うっ」と動きを止められている間に、「邪魔」と言われてうららに椅子に押し込められた。

 ほんとこいつはオレへの嫌がらせをよくわかってるな。もう褒めるしかねぇわ。


 色とりどりの具材で飾られ、美味しそうな匂いと湯気を立てるピザたち。ど真ん中にそれを置いて晴丘家の兄妹で囲むことにより、胃の痛い夕食は始まった。

 こうなれば、普段のようにさっさと食事を終わらせて部屋に戻るのが賢い選択だ。


 楽しそうに談笑する妹たちをよそに、淡々と皿の上にあるオレのピザを食べ続ける。トマトベースのピザソースと濃厚なチーズだけがオレの救いだった。


「ん、おいしい。明太のやつかなりいける」

「あ、せつろも食べる!」

 満足そうに感想を言う小槇に影響されて、せつろは新しいピザに手を伸ばしている。

 せつろの基本的な一人称は『わたし』なのだが、時々こうやって自身の名前の時もある。実姉たちの前やリラックスしている時にぽろっと出てしまうようだ。


「真白ちゃんー、そっちのマルゲリータとって」

「……」

「真白ちゃん?」

「……えっ、はい! あ、うんちょっと待ってね」


 うららに話しかけられた真白は反応が少し遅れた。ぼんやりと考え事をしているような様子でお茶を飲んでいたが、慌ててグラスをテーブルに戻している。そしてうららから皿を預かり自分の右前にあるマルゲリータを乗せている間も、どこか真白の挙動はおかしかった。


 たぶん、先程のソファでの騒動を引きずっているのだと思う。

 だって夕食が開始されてからずっと真白は珍しく一言も発してない。喋ってないのはオレも同じだけど。


「ねーちゃん、大丈夫ー?」

「へ? うん、美味しいよピザ」

「いやいやそうじゃなくってさー」


 どういうつもりか知らないが、事情を知っている美砂がふわっとそんなことを尋ねている。だが、真白は平常通りに見せようと誤魔化していた。


「もしかして真白ちゃん体調悪かったりする? 平気?」

「どうして? 何ともないよ、うららちゃん」

「じゃあいいんだけど……」

「ごちそうさま、私洗い物するね」


 ピザを一切れだけ食べた真白は立ち上がって、兄妹で決めた通り自分の皿を洗っている。そして「課題があるから」と言ってあっさり部屋へと戻って行った。


「どうしたのかな、ましろねえちゃん?」

「……これは何かありましたね」

「あったわね。絶対何かあった」


 不思議そうなせつろとは対照的に、怪しむような探るような言い回しをしているのは小槇とうららだ。

 オレはいたたまれなくなって、残りのてりやきチキンピザを一気に口に放り込んだ。今すぐここから脱出すべきだ。てかしたい。


「まー、ねーちゃんもお年頃だし、色々あるんじゃないかなー」

 チーズを伸ばしてもぐもぐしながら、美砂はだらっと答えている。


「ね? しゅうぴ?」


 何故か同意がオレに飛んできた。いや、何故かも何もないんだが。

 原因の話になるとただの事故とオレと真白と美砂のせいと言うしかないだろ。


 美砂は美味しそうにピザを食べて笑っているが、微笑ましいなとは欠片も思わなかった


「……オレはよくわからないな、そういうことは」

「えー、まったまたー。とぼけちゃってー」

「ん、しゅう兄何か知ってるの?」

「は? どういうこと?」

「知らねえよ! ごちそうさま!」


 美砂の意味ありげなトークに食いついてきた妹2人を振り切って、オレはキッチンのシンクへと移動する。さっさと皿を洗って安全地帯に退避したい。


 真白について事情を聞きだそうとする小槇とうららの質問の標的は、美砂へと移っていた。オレの対応でこれ以上聞いてもこの兄は答えねぇなと察したのだろう。


「ねぇ、美砂。どーゆーこと?」

「ちょと美砂ちゃん教えなさいよ! はっまさか恋愛関係……!?」

「ぅえー? 美砂よくわかんなーい!」


 血の繋がらない姉たちの猛攻をのらりくらりとかわしながら、美砂は新しくソーセージの乗ったピザに手を出していた。


「しゅうにいちゃ!」

 急に隣しかも下の方から声を掛けられる。洗い物をするオレの横にちょこんと立っていたのはせつろだった。


「食べ終わったのか? 食器くれ一緒に洗うから」

「うん、ありがと!」


 食事当番が手作りしようが惣菜を買ってこようがデリバリーしようが、食事当番以外が後片付けをするのが晴丘家兄妹のルールだ。

 オレはせつろからコップや皿を受け取ると自分の食器と同じように洗い始める。量も少ないので片付けはあっさりと終わった。


「しゅうにちゃ、好きなピザの味あった? よかったら教えて? 次のばんごはん当番があればそれにするから」

「あったよ。てりやきチキン」

 そういえば、選ぼうかなと言いつつも最終的な今回のピザ味決めには参加してなかったっけ。


「そうだったの? てりやきの好きだった?」

「ああ、うまかった。選んでくれてありがとな」

「えへへ!」


 花が綻ぶような笑みを浮かべて、せつろが胸元で両手をぎゅっと握る。

 こうわしゃわしゃと頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢した。子犬や子猫相手ならともかく、家族とはいえ血も繋がらない年上の男にされるのは怖すぎるだろうし。

 それに他の妹たちの眼前でやる勇気はない。うらら辺りに目線で殺されかねない。


 せつろに部屋に戻ると伝えて、まだ騒いでいる妹たち3人はスルーして、後ろ手にリビングダイニングキッチンのドアを閉めた。

 途端に話し声が一段階静かになる。


 出て行く瞬間までオレは美砂を振り返って見る自信がなかった。


 たぶん美砂の態度的に、オレと真白との間に何があったのか他の姉妹たちに話す気はないだろう。彼女はきっと本気で真白を困らせる真似はしない。

 だからこそ、オレへの忠告が怖すぎるわけだが。


 あいつマジで中学かよ、と言いたくなる得体の知れなさだ。




 部屋に戻ってからは、ソシャゲをして大好きな姉属性のモモカさんと戦闘に行ったり無駄にイミスタでラーメンの写真ばかりを見たりして夜を過ごした。

 それから風呂に行って、後は寝るだけという時間になってスマホが唐突に鳴った。


 メッセージアプリの着信音。

 クラスメイトの友人の誰かかと予想しながらスマホを手に取る。


『今、時間ありますか?』


 ロック画面に表示されていたのは真白の名だった。

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