第36話 妹大パニック
終わった。
晴丘家でのオレの立場終わった。
ソファの上で真白と抱き合ってる様を美砂にばっちり目撃され、言い訳なんて通用するのだろうか。
昔刑事ドラマで見た不運な一般人役にでもなった気分だ。部屋に入ったら知り合いが倒れてて、心配して起こそうとしたら刺されて死んでました血塗れでした不用意にも落ちてたナイフ拾っちゃいました、みたいな。
それで偶然にもやってきた人物に発見されるわけだ。どう見ても犯人に間違われるしかない状況で。
『違うオレは
――――もうダメなやつじゃん。
「ち、ち、違うの!」
わたわたと起き上がりびっくりするほどの速さで立ち上がったのは真白だった。動けない理由である重石的な妹が去ったので、オレもようやく身体を起こす。冷汗を流しながら。
真白は真っ赤な顔のまま、美砂にしがみついていた。反対にこっちは真っ青だ。
絶対勘違いされた。絶対オレが悪くなる。それでも抗わないといけない。
不運にも現場に迷い込んだ哀れな者って内心こんな感じなんだ。
うわー味わいたくなかった。
「これは、その、間違いなの!」
「えっ何、場所が? リビングじゃなくて部屋でやるつもりだったのに……ってこと?」
「そんなわけないでしょ!?」
「そんなわけないだろ!?」
予期せぬ勘違いをし始めた美砂に、オレと真白が食ってかかる。
というかどんな訂正だよ。
部屋でするつもりもないし、リビングがダメとかいう問題でもない。
「わ、私がバランス崩して柊桃さんの上に倒れこんじゃって!!」
「ただの事故でオレたちの間に深い意味は一切ない!!」
どれだけ疑わしくともオレたちにできるのは、事実を率直に話すだけだ。
真白に続いて立ち上がったオレも加わって、美砂に対する弁明包囲網は完成する。
リビングの中央辺りで兄と姉に迫るように近寄られても、4番目妹は掴み処のない笑みを顔に乗せたままだった。
「え~そうなの~?」
わざとらしく言葉を伸ばして、美砂はオレたちを見上げるように身体を傾ける。
これわかってて言ってないか?
そう思いたいのだが、美砂の瞳の奥底には冷静さが潜んでいて決してバカにはしていない。軽くふわりとした口調で、しかし確実に確かめるようにオレたちを追い詰める。
「こけちゃったならすぐに起きればいいのに、どうして隠れたの~?」
「うっ」
「ぐっ」
「いないふりしてたよねー? 事故ならそんなことする必要なくない?」
「うっ」
「ぐっ」
「声を出さないように見えない位置で、ってもう完全にそういうプレ――」
「違うよ!?」
「違うからな!?」
さすがにそこは否定させてくれ。
家族の憩いの場であるリビングダイニングキッチンで何をやっているんだって話になる。すぐに起き上がらなかったりいないふりをしたりは事実なので反論に詰まるが、別に兄妹で年齢制限がかかることはしていない。
ちょっと押し倒されて、ちょっと密着して、ちょっとそれがソファの上だっただけで。
セーフだ。どう考えてもセーフだろうこれは。
「美砂!!」
切羽詰まった真白が美砂の腕を掴み、ぐわんぐわんと揺すぶっている。
真白の落ち着いた大人しい姉としての振舞いは消え失せており、年相応というかとても幼く感じる行動だった。
真っすぐに整えられた黒髪は乱れ、目元まで真っ赤になり、何ならちょっと瞳は潤んでいる。このリビングにやってきてからの真白は、出会ってから一度も見せたことのない表情ばかりだ。
「ねーちゃんがそこまで言うならただの事故だったのかな~?」
「そう、そうなの! その通りだよ!」
「いやー、でもなあ、絡み方がいやらしかったし、隠れてたのもな~?」
「い、い、いやらし!? ち、違うの!」
「かなりの密着度だったし、キスまでしちゃった? あ、もしかしてそれ以上もし――」
「キ!? ひ、ひゃっ、ちがっ……」
「……おい、美砂。真白で遊んでるだろ」
「あ、バレた?」
さすがに気付く。
最初の疑っているような試しているようなわざとらしい態度ではなく、揶揄い100%に移行している。楽し気でノリのいい表面的な美砂だ。
「ふぇ、あ、遊んでる?」
真白はパニックになると子どもっぽさが増し、何処かせつろを彷彿とさせる。さすが姉妹だ。
「だってねーちゃん、びっくりするほど慌てるから。面白くってー」
けろっとした顔で美砂が真白の手を引き剥がしている。外された真白の腕は重力に従ってだらりと下に落ちた。妹にされた勘違いを何とかしなければという場面が急激に切り替わり、まだ感情が付いてこないらしい。
オレも2人の様子を一歩下がった心情で見ていなければ、冷汗をかきながら大混乱したままだった。
だが、比較的早めに落ち着けた要因は相手が『美砂』という部分だ。
彼女から示されている表層は真実なのか、いつも一欠片の疑いが混じる。
何考えてるかわからねえからな、こいつ。
「み、美砂ぁ……」
「えへっへーごめんねー。ねーちゃんが嘘つくわけないもんねー?」
「ほんとやめてよ……本気で言ってるのかと思った」
「まっさかー。だってしゅうぴとそんな関係じゃないことくらいわかるって! ワタシを何だと思ってんのさ」
安心する真白の頬をぷにぷにと人差し指で突きながら、美砂はこちらに顔を向ける。
「ねー? しゅうぴ? あ、それとも今からそんな関係になるとこだった?」
「なりません!」
「ならねーよ!」
「あっはっはっは!」
一応疑いは晴れたらしくほっとする。
まあオレよりも真白と美砂の付き合いは長いのだから、もし変なことになっていればさっさと勘付くだろう。妹たちの中では美砂が一番そういうことに聡そうだし。
胸を撫で下ろしたオレの耳に廊下の方からやってくる足音が届く。リズムの合わないスリッパの歩く音は、どう聞いても1人分ではなかった。
「みさねえちゃんー、チラシ見つかんなかったー」
「わたしもピザ会議、参加する」
混沌とした状況から脱却し始めたリビングに、新たな人物が投入される。
先程部屋を出て行ったせつろと、新規で現れた小槇だ。1番目妹と5番目妹という年齢高低差1位組でもある。
「あれ、ましろねえちゃんと、しゅうにいちゃん?」
「ん、大集合だね。2人共、おかえり?」
美砂だけではなく、オレと真白もいたことが意外だったらしい。
まあ最初からずっといたんだけどな。言えるわけもねえ。
「あ、せつろとまきまきだー! ねえ聞いて、今さあしゅうぴとねーちゃんが、エ」
「ちょっと美砂!?」
「何の話だ!?」
内容を聞き終わる前にオレと真白がとりあえず大声を出す。
何を言うつもりだったかは知らないが、どうせさっきのことだろう。怪しすぎる体勢だったことは認めるが、何もなかったで済んだはずだ。解決した問題をいきなり掘り起こそうとするのは無しだろ。
不思議そうなせつろと小槇の視界に入らない位置で、美砂がぺろっと舌を出す。
この妹、遊んでいやがる。
「エリンギがいっぱい乗ったピザもいいねって話をしてたの~」
どんな話だ。
「きのこいっぱいのやつあったかなー」
「アプリで検索、するよ」
素直なせつろは電話台の所でチラシを再度広げ、小槇はスマホを取り出して操作し出す。
「わ、わあい。私も一緒に探すね」
「……オレも選ぼうかな」
真剣にピザを吟味する妹たちに加わり、話題をとにかく夕食へと持っていく。
打ち合わせなどしていなくても、オレと真白の心はおそらく一つだった。
色々あったソファの横を通り過ぎ、せつろと小槇の元へと近寄ろうとして。
廊下側へ背を向けたままの美砂とすれ違う。
何となく、本当に何となくだが、オレは彼女へと視線をやった。
ひやりとした氷柱のような鋭さが、油断した心に突き刺さる。
平常のふざけた言動は鳴りを潜め、真顔の美砂はぞっとするほど冷たかった。真白やせつろと似た顔立ちは、可愛い系ではなく美人なのだと表情が消えてわかる。
そんな美砂と視線が絡み合い、離れる。
「……これ以上は許さないからね、しゅうぴ」
オレにだけ聞こえるように呟かれた一言は、隠すこともなく拒絶を含んでいた。
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