第31話 妹のことは妹属性に聞け


 高校1年生の3番目妹、晴丘 真白。

 妹たちの中で品行方正度なるものがあれば最も高いであろう少女だ。家事を完璧にこなし、妹たちに優しく、新しい姉たちとの付き合いも問題ない。

 美しく伸ばした黒髪と大人しいお嬢様みたいな服装を好み、静かに微笑んで家族を支えているようなタイプ。だからと言って自己がないわけではなく、嫌なことや推し進めたい内容があればやんわりと笑顔で貫き通す。

 オレへの拒否の仕方を見ていれば、性格は何となく察する。


 同学年のうららと仲が良く、流行りのスイーツやドリンクなどについて語らっている場面を目撃したこともある。真面目ではあるが最新の女子事情を熟知しており、例えるなら優等生系陽属性でいいだろう。

 だからこそ、普段は下ろした髪を1本の三つ編みにして黒いキャップをかぶった真白というのは新鮮な姿だった。服装もどこか少年っぽく、淑やかなお嬢様っぽい雰囲気は一切ない。

 いや立ち振る舞いからは滲み出てたけど。



 割引を利用し会計を終わらせて、オレはラーメン店外の道でぼけっと立ち尽くしていた。

 予想外の場所で予想外の妹と出会ってしまって、この動揺をどうすればいいのか。無意味にスマホを触ってしまう。

 一番いいのは何も見なかったことにして、いつも通り生活を続けること。

 妹と関わりたくないオレにとっては、これがベストである。

 それは十分理解しているのだが――。


 急に手元のスマホが震え、1件の通知を知らせる。

 緊急性のある言葉がちらっと画面に出た気がして、急いで家族や友人とやりとりしているメッセージアプリを立ち上げる。

 連絡してきたのは、まさかの多岐川だった。


『助けて! 今晴丘のバイト先にいるんだけど、ちょっと大変なことがあって。よかったら来て!』


「は?」


 続けて送られたのは鳥のキャラクター(たぶんカモメ)の『HELP!』というゆるっとした緊迫感のないスタンプだった。

 内容がはっきりしない助けて連絡に続報を待つものの、多岐川からのメッセージはそこで止まってしまう。『どうしたんだ?』とオレが文字を打っても既読すら付かない。

 本当に不味い状況ならオレより先に警察か店に言うのが一番だ。

 つまり、直ぐに反応があるか怪しいオレに連絡するぐらいの、『ちょっと大変なこと』だ。何となくだが、前にオレと多岐川の関係を揶揄ってきた店長が思い浮かんだ。


 バスの時刻とスマホで現在の時間を確認しながら、オレはとりあえず大型家電量販店横のデカい駅に向かう。

 もう家電を見るという用事も終わったし、帰宅途中にバスを下車してコーヒーショップに寄るぐらいは可能だ。3月の頭まではバイトに入るつもりだったので早めにシフト表を出していたが、友人たちと約束した遊ぶ予定がずれたので働く日を修正したかったし丁度いい。


 多岐川のヘルプしてほしいことがオレ関係の厄介事なら助けて、どうでも良さそうなら帰ろう。

 オレはそう決意して、間もなくやって来た循環バスに乗り込んだ。




「……騙された」

「いやいやー騙してないし。よかったら来てって言ったじゃん」


 バイト先であるコーヒーショップにて、オレと多岐川は現在向かい合って座っている。前にもこの店で多岐川と過ごしたが、その時とは違うテーブルで真ん中辺りにある開放的な席だ。

 オレの前にはマグカップに入れられたSサイズのオリジナルブレンドコーヒー、多岐川の前には同じサイズのオリジナルブレンドコーヒーといちごのロールケーキと季節のフルーツタルトが置かれている。


「晴丘は、ほんとにコーヒーだけで大丈夫?」

「さっき飯食ったところだから……」


 白いマグカップからそっと一口だけ中身を飲む。ラーメンで脂っこくなった胃をコーヒーの香りが癒してくれている気もした。

 多岐川がオレを呼び出した全ての元凶は、このコーヒーなのだが。


 以前、多岐川が偶然オレのバイト先にやって来た時に、仲を変に勘ぐった店長から渡された無料クーポン。どうやら多岐川が想定していたより渡された量が多く、期日までに使い切れるか不安だったらしい。

 店の前にいた多岐川に事情を聞きながら店内に連れ込まれ、呆れながらもとりあえずシフトの修正をしに事務所エリアに行って戻ってきたら既にコーヒーが注文されていた。

 無駄にしないためにも仕方なく木製のおしゃれチェアに腰掛けたが、騙されたという思いは中々消えない。

 家族とか友人に配れよとか、まだ日にちあるだろ、とかクーポンの消費方法なら他にもある。


「いやーせっかく貰ったし、晴丘来てくれて助かったなー」

「そうかよ」


 タダなのだしとオレは自分に言い聞かせて、食後のコーヒーをありがたく飲むことにした。多岐川も一応悪いと思っているのかデザートを奢ると提案してくれたのだが、流石に満腹すぎていらないので断った。


 目の前でロールケーキのクリームを笑顔で味わう多岐川は、少し不服なオレの様子など微塵も気にしていない。皿の上のいちごに夢中だ。



 あの日。金曜日の2人っきりの教室で告白を断ってから、多岐川に対して謎の負い目みたいなものをオレは感じていた。

 自身の姉属性好きという恥ずかしい部分を晒したり、結局バレンタインのチョコを受け取ったり、やたらと現れる多岐川との関係を拒否できていないのがその証拠だ。

 本当に嫌なら冷たい態度をとって二度と話しかけるなと言えばいいが、そこまで拒絶する程でもない。


 告白してきた理由も答えてくれないし真意の見えないクラスメイトだが、少し距離が近くなれば悪い奴じゃないことは言動の端々から伝わってくる。

 困っている子どもは無視できなくて、素直にお礼が言えて、時々意味不明に踏み込んできて、遠慮なくこちらを振り回す。


 たぶんいい奴で、悪意はない。

 だからオレは多岐川を突き放しきれない。


 大体、告白を断られた後にオレに普段通りの対応をし続ける多岐川にも問題あるだろ。

 オレの気持ちを何だと思ってんだ。


 もうここまで思考が至れば、申し訳なさを抱える必要もなく自然と開き直るしかない。

 無料クーポン消費という己で解決できそうな問題にオレを利用したんだから、多岐川もオレの問題に付き合わせていいはずだ。


 よし、今後こいつに遠慮とかやめよう。

 たぶん多岐川もしてないし。


「多岐川に相談したいことがある」

「ほー、晴丘が私に? 珍しいね」

「妹属性であるお前にどうしても聞きたいんだ」

「いいよ。私でお役に立てるなら」


 甘い物を食べる手は止めず、多岐川は季節のフルーツタルトにもフォークを突き刺していた。


「多岐川がそこそこ親しくしてる異性がいたとして、思わぬ場所でそいつの意外な一面を見たらどうする?」

「……ど、どう……え?」

「こう普段と全く雰囲気が違ってて他の人も見たことなさそうな姿で、しかも自分だけが知ってしまった相手にはバレてない、みたいな状況だよ」

「それ私に聞くんだ?」

「ちょうど質問したい時に目の前にいたからな。コーヒーのために呼び出されてやったんだから答えてくれたっていいだろ?」

「ふうん、そだねえー」


 多岐川は一度フォークを皿に乗せると、まだ温かいマグカップを口元へと運ぶ。一口飲んで彼女は満足そうにほっと息を吐いた。オレもオリジナルブレンドコーヒーの美味さは知っているのでその表情になるのはわかる。


「つまり、いつもと異なる知り合いの様子を見てしまって今後どうやって人間関係続けるかって話ねー」

「そうそう」

「難しい問題だね、それ」


 見なかったことにすればいいじゃん、とあっさり流されそうだなと思っていたが多岐川は予想外に複雑そうな顔をしてもう一度コーヒーを飲んでいた。


「晴丘は――」


 何かを聞こうとした多岐川が、言葉をぴたりと止める。

 不自然に視線をオレの頭上に動かし、小首を傾げていた。

 多岐川との会話が途切れた原因を探ろうと、オレが振り向こうとした時だ。


「あっれ~、こんな所で会うなんて偶然だね。しゅうぴ!」


 上から降ってきたのは、能天気そうな妹の声だった。

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